不思議なめぐりあい

比呂志が乗った鈍行電車が貞光駅に着いた時は、もう午後の3時を過ぎていた。
小さな駅の改札口を出ると一台しかタクシーが止まれない程度の狭いロータリがある。
「貞光タクシー」と車の屋根に看板をつけた、老運転手のタクシーが客を待っていた。
比呂志より前に先客がいて、老運転手と何やら話をしている。
「剣神社なら、歩いてでも行ける所じゃよ」
老運転手がその客に言っている。
「剣山頂にある剣神社ですよ!」
先客の男性が言い返した。
「あれは剣神社じゃなくて、大剣神社じゃよ!」
老運転手も興奮して言い返した。
「大がつこうが、つくまいがそんなことはどうでもいいんだ!剣山頂の傍にある神社に行ってくれればいいんだ!」
その男性は、わざわざ剣神社に参るために今朝大阪からやって来て、タクシーで剣山頂まで往復して日帰りするつもりだったらしい。
事情を察した老運転手は、無線機を取り上げて会社に連絡をした。
「大阪のお客さんが、貞光駅から剣山頂前まで折り返しで行って欲しいと言っちょるが、いいじゃろうか?どんぞ・・・」
無線機のスピーカーから雑音混じりで返事が帰ってきた。
「しかたないから行ってやれ」
剣山頂まで道路が走っているのではなくて、山頂を目指すリフトの登り口である見の越という所まで道路が走っており、見の越に大剣神社があるらしい。
剣山頂を目指す者たちは、見の越からリフトに乗って西島まで行き、そこから山頂まで歩くのである。
「山頂まで上るなら駄目じゃが、大剣神社に行って帰るならよかと・・・」
不愛想な表情で老運転手が客に言うと、タクシーのドアーを開けた。
その様子を見ていた比呂志は焦って、その中に割り込んでいった。
「すみません、他にタクシーはないんですか?」
窓越しの老運転手に訊いた。
「貞光タクシーは俺一台だけじゃ!」
呆気に取られた比呂志もめげなかった。
「貞光町の祇園小路に行きたいんですが、何とかならないですか?」
必死になって言ってみるものである。
「ああ、卯建(うだつ)の町並みなら、旧道の石塔の手前にあるから、一緒に乗ったらええじゃが、なあお客さん、いいじゃろう?」
大阪から来た先客の男性に相槌を打つように老運転手が言うと、屈託のない表情でその客は肯いた。
「こんな田舎にも祇園という名前があるんですかね?」
タクシーの後部座席に同乗した比呂志に先の客が訊く。
「・・・」
比呂志もはじめて訪れる町だから知る由もなく、何と答えていいのか途方に暮れて黙っていた。
「祇園という名前は京都が元祖と思ったらいかんぜよ」
前の運転席から声がした。
「祇園という名前は、阿波の忌部(いんべ)氏が最初にこの地で命名したんじゃ。京都の絹織物を和妙(にぎたえ)と言うのに対し、それより先に忌部氏が麻や木綿を栽培して、それを織って平安時代の朝廷に献上していた。その麻布を荒妙(あらたえ)と言うんじゃが、天皇即位式である大嘗祭で新たに即位する天皇が、皇祖神・天照大神と徹夜で過ごす際に着る麻の衣を言うんじゃ。既にその時代に阿波には祇園という町があって、京都はそれを真似ただけじゃ!」
一気にまくしたてる老人の勢いに呑まれ、うしろの座席のふたりはお互いに目を見張るだけだった。