理由(わけ)

比呂志はその日、有給休暇どころか無断欠勤をして、敦子との四年ぶりの再開を楽しんだ。
敦子が宿泊している市内のホテルに送り届けて、帰宅したのは夜中の12時を過ぎていた。
「今日は珍しく遅かったのね・・・食事は済ませたの?」
表情ひとつ変えずにいつもの調子で喋る母の姿を見て、良心の呵責に耐えきれず、比呂志は自分から今日の出来事を話した。
「四年前に大学の研究論文の取材として、徳島と高知の県境にある剣山麓の東祖谷(いや)村に行ったことあるだろう・・・」
母の末子は微笑ながら頷いているだけだった。
「東祖谷村というのは、源平合戦に敗れた平家一族の落人が隠遁生活をしているという伝説のある村なんだ・・・・、明治維新までの900年間続いた武家社会のルーツを調べるには、武家の片方の棟梁である平家の滅亡後を研究することが大事だとの見解から卒論テーマに選び、取材と実地見学を兼ねて東祖谷村を訪れたことは、母さんもよく憶えてるだろう・・・」
「東祖谷村の村長も平一族の末裔で、平性を名乗っているんだけど、その村長のひとり娘で・・・」
末子は比呂志が続けようとするのを手で遮った。
「平敦子さんのことでしょう?耳に胼胝ができるくらい、あなたから聞かされたので、よく憶えているわ」
「今日、平敦子さんに再会したのね・・・・・、それで無断でデパートを休んだってわけ?」
豆鉄砲を食らった鳩のような様子の比呂志に、末子は続けた。
「今朝の11時頃にデパートから電話があったのよ。もしかして事故だったらと、しばらく気を揉んでいたけど、警察からの連絡もないので、安心はしていたけどね・・・」
回りくどい話は無用だと察した比呂志は、今日一日あったことを正直に話し始めた。
比呂志が東祖谷村を訪れた時、敦子は徳島大学の二年生で、比呂志よりふたつ歳下だった。
一年前に徳島大学を卒業して、徳島市内にあるコンピュータソフトの会社に就職しようとしたが、両親の反対に遭い、結局実家のある東祖谷村に戻ったのである。
両親はひとり娘の敦子に養子を取らせ、平家の跡を継いでもらうことを望んでいた。そして宮崎県椎葉(しいば)村の同じく平家の末裔と称せられている家から養子を迎える話が進んでいった。
敦子はその時、別段好きな男性がいたわけではなかったが、平家の末裔の家に生まれたという理由だけで、会ったこともない男性と結婚することにどうしても納得できなかった。
「お前に好きな男性がいるなら、無理強いするつもりはないが・・・」
決して頑迷な両親ではなかったが、断るにも断る理由がない。
そこで窮余の一策として、以前東祖谷村に訪問した二つ歳上の比呂志を恋人に仕立てあげたのである。
敦子も現代っ子には珍しく律義な性格の女性だった。
無断で恋人に仕立てあげた比呂志に礼儀を尽くさなければならない想いから、必死で居所を探し、やっと今日めぐり会えたのである。
「そうだったの・・」
末子は、話す比呂志の表情がやけに明るかったのを察して、それ以上何も訊くことはしなかったが、内心ほっとしていた。