脱皮する男

「素敵な薔薇園ね!」
礼子は無邪気な少女のように噴水の傍で比呂志に向かってポーズをとった。
「なんて大きな木なんでしょう、枝が地面に届きそう!」
薔薇園から須磨離宮に出たところにある楠の前で再びポーズをとる礼子。
「わあ、素敵!神戸港が見える!淡路島も見える!その向こう側が徳島なのね!」
小柄な礼子の姿態が、菖蒲園のベンチから一望できる瀬戸内海に溶け込むように佇む。
比呂志は高木礼子にプロポーズした。
「週末に神戸に来ないかい?」
職場である催しもの会場の真中で話し掛けた。
「それ、わたしに対するプロポーズ?」
表情ひとつ変えずに切り返す礼子。
『現代っ子だな!』
内に秘めた想いが外に出ないのが男の現代っ子であるなら、外に出放しの想いゆえに内に秘めないのが女の現代っ子である。
女の純潔意識とは、肉体の問題ではなく心の問題である。
内に秘めた想いが外に出ないのが純潔意識そのものであり、外に出放しの想いゆえに内に秘めないのが娼婦意識である。
現代日本女性総娼婦意識。
『現代っ子だな!』
ほんの少し掛かった心は、瀬戸内海の一点の薔薇のような鳴門の渦潮に翻弄されて、海底深く消失した。
「うん、そうだね」
渦潮の海底から浮かび上がった小さな薔薇の花一輪の無残な言葉だった。
母親の末子と対面するために、比呂志は礼子を連れて神戸に帰る途中に須磨離宮に立ち寄ったのである。
貞光駅のプラットホームで敦子が言った。
『もう一度薔薇園に連れて行ってください!』
須磨駅を降りたプラットホームで比呂志が言った。
『薔薇園に行こうか?』
川で生れた鮭が大人になって海の旅に出る。
己の証明をするために再び生れた川に戻る。
それを走性というなら、人にも走性があるのだろうか。
鮭は誰の子供など気にも掛けないで、己の証明をするためにだけ川に戻る。
人も誰の子供など気にも掛けないで、己の証明をするためだけに家に戻る。
だがほんの少し掛かる糸がある。
だがほんの少し掛かる心がある。
人間だけにある心の糸。
それが良心の呵責というものだろうか。
礼子ひとりだけがはしゃぎ回り、比呂志の心は静止している。
はじめて敦子と薔薇園に来たときは、比呂志が礼子で、敦子が比呂志だった。
比呂志は苦笑いした。
「どうしたの?」
礼子が下から覗き込む。
高木礼子は小柄だが、阿波美人だ。
阿波踊りで鍛えた腰まわりが女性美を浮き上がらせる。
『素敵だな!』
比呂志は思い出した。
『奇麗な人だな!』
微笑ながら言う敦子の頬は、真紅の熱い涙と貞光川のせせらぎが放つ紺碧の冷たい飛沫で濡れていた。
男はどこまでも女々しいから男であることが女にはわからない。
女はどこまでも生々しいから女であることが男にはわからない。
だが中には女々しい女がいる。
だが中には生々しい男がいる。
薔薇園はそんな男と女に相応しい。
そんな男と女しか薔薇園に行ってはいけない。
比呂志はそんな男に脱皮仕掛かっていたが、礼子は精神的にはまだ蛹であった。