新しい門出

「高木礼子です」
礼子が比呂志の母親の末子に挨拶した。
「よろしくね」
末子は礼子のことを比呂志から聞かされていなかったが、敦子の件で心が傷ついていることを知っていただけに、精一杯愛想よく振る舞った。
しかし母親の子供に対する直感はほぼ当たるもので、息子自身が気づいていないことまで見抜いてしまう。
『この子はまだ引き摺っている・・・』
分身の喜怒哀楽は本体の喜怒哀楽として受信されるらしい。
「それでいつ結婚するの?」
末子は自分の息子に向かって訊いたが、返ってきたのは礼子からだった。
「徳島に帰ったら一緒に住もうと思っているんです」
末子は黙って比呂志の方に視線で内なる想いを送った。
『それであなたはいいの?』
敦子との最初の往き違いの原因の一端を担った責任が末子の脳裏を掠める。
「ええそうしようと思っています」
断言する我が子に吃驚して、次の言葉が出ない。
『この子はまだ引き摺っている・・・』
『だから柄にもなく突っ張っているんだわ・・・』
『かわいそうに・・・』
一瞬の間に支離滅裂な想いが去来するのは、母親の愛の為せる業なのか、女の情の為せる業なのか、感応するように突然口から言葉を発した。
「それはよかったわね、おめでとう」
「お母さん、ありがとうございます」
礼子が感動して叫ぶように言った傍で、比呂志は蒼白い表情で笑っている。
ふたりを玄関先で送った末子の目には薄らと光るものがあった。
「お母さんが祝福してくださってよかったわね!」
礼子は素直に喜んだ。
現代っ子の一番弱い言葉が、「おめでとう!」という祝福の言葉だ。
他人の目を如何に気にしているかの証である。
「おめでとう!」という言葉は本来自分自身に発する言葉だ。
「・・・」
比呂志が黙っている。
「どうかしたの?」
礼子は現代っ子だが、人間的には極めて上質の女性だから、こうしたちょっと気の利いた言葉が自然に出る。
下等な女性なら絶対に出ない言葉だ。
比呂志は救われた気持ちになった。
しかし世の中とは皮肉なものである。
救われた筈の想いが救った相手を傷つける。
ふたりは気づかずに徳島に帰った。
新しい門出に夢を抱きながら・・・。