回帰する人生

「早くしないと遅れますよ!」
母の礼子が台所から二階の比呂志と泰隆に優しい声を投げかけた。
泰隆は和歌山大学の一年生である。
泰隆が徳島の池田高校を卒業して和歌山大学に進学した時、父親の比呂志が出向先のスーパーから親会社のデパートの大阪本店に戻った。
泰隆は徳島市内で生れたが、小学校二年から高校三年までの10年間を一宇村で育った。
比呂志もその時すでに四十の半ばを超え、スーパーの開店から10年の間に責任者になり、店の業績が伸びたこともあって、一宇村が第二の故郷になりかけていた。
泰隆が和歌山大学を受験しようとした時、母親の礼子が猛烈に反対した。
「どうしてわざわざ和歌山まで行くの?」
泰隆は黙っていた。
「徳島大学があるじゃない!」
礼子は徳島から一歩も外に出ずに育ち、徳島大学を卒業して、比呂志の勤めるデパートの徳島支店に就職した。
「何か特別の理由があるなら別だけど・・・」
礼子は決して訳の分からない母親ではなかったが、ひとり息子の泰隆の気持ちを推ることはできなかった。
泰隆が和歌山大学の入学が決まった日、比呂志の大阪への転勤も決まったのである。
父親の転勤を喜んだのは泰隆一人だけで、比呂志にとっても礼子にとっても青天の霹靂だった。
老舗のデパートに就職した時は、大きな夢を持っていたが、四十代半ばを過ぎると人間は守勢志向に回る。
『このまま、ここの店長で定年を迎えたらいい』
そう思っていた矢先の転勤命令だった。
礼子にとっても、徳島で一生を終えるつもりだった。
神戸に戻った一家は、比呂志の実家で母親の末子と一緒に暮らすことになった。
比呂志の父は3年前に肺癌で死んだ。
「あの人は、わたしが言うのもなんだけど、あんな一生でよかったんだろうかね」
父が死んだ日、末子が比呂志に言ったことがある。
比呂志も小さい頃から、『親父のような生き方はしたくない』と思っていた。
『影の薄い存在の親父だったなあ!』
久しぶりに神戸の実家に帰った比呂志は、家の中を見渡しながら感慨に耽った。
『自分も影の薄い存在の親父では・・・』
そうも思うのであった。
ふたりは一緒に家を出た。
神戸港から和歌山港までフェリーで1時間ちょっとで行けるルートがあり、泰隆は家から大学に通うことにしたのである。
泰隆は舞浦駅までのバスに乗った。
一方、比呂志は京都の大学を卒業して就職した頃と同じ通勤が再びはじまり、自宅から舞浦駅までのバス通勤は二十年ぶりのことだったが、バスに乗らずに歩いてみることにした。
『あの頃は無様なことばかりしていたが、若かったなあ!』
鬱蒼とした山の中を歩くと、20年前の時と同じ木々がまったく変わらずに迎えてくれる。
『人は変わり続けているのに、この景色はまったく変わっていない』
人は氷山の一角、自然は氷山の要諦。
すべては変化するといえども、一角は目まぐるしく、要諦はゆるやかに。
『ゆるやかな10年でもあり、目まぐるしい10年でもあったなあ!』
ひとりで歩く山の道は、懐かしくもあり、哀しくもある。
『だが今はここにいるだけでいい・・・』
ゆるやかに歩く比呂志のうしろ姿に一沫の寂莫感が漂っていた。