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薔薇園のふたり 「事情はよくわかりました」 敦子から話を訊いた比呂志は内心複雑な気持ちではあったが、胸に痞えるものはなかった。 敦子には現在好きな男性がいないことは明白だったし、そんな中で自分の名前を真先に挙げてくれたことは嬉しかったが、恋愛感情を持っていないことも確かだった。 最近の若い男性なら、そんな事情の女性につけ入る狡猾さを持ち合わせているかもしれないが、敦子と初めて出会った四年前から秘かに想い続けてきただけに、比呂志にとって彼女は何ものにも替え難い、幼い子供が大事にしているきらきら輝く宝ものの貝のようであった。 「ご両親に会わないといけないですか?」 比呂志は肚を括って彼女に訊いた。 必要とあれば彼女のためにひと肌脱ぐつもりでいた。 「とんでもない・・・。そこまでして頂かなくても・・・」 驚いた様子で否定した敦子の表情を窺いながら、落胆と驚嬉を繰り返す比呂志に、少年の幼さを感じたのか、心の中に熱い風が吹き始めているのを敦子も感じていた。 「上野山(じょうやさん)の福祥寺に行きたいのですが、ご存じですか?」 敦子が突然言い出した。 「知りませんが、ご一緒しましょうか?」 比呂志も咄嗟に応えた。 敦子は含み笑いをしながら、「ええ」と応えた。 敦子の話だと、上野山(じょうやさん)福祥寺という名前は正式名で、一般には一の谷の須磨寺だと言う。 平家一門の名目上の頭領だった安徳天皇の内裏が一時置かれていたという伝説がある地で、一の谷は源義経のひよどり越えの逆落としで有名な所である。 「須磨寺はよく知りませんが、須磨なら神戸の西にある所ですから、ここから1時間程度で行けますが、行ってみますか?」 須磨駅から尋ね歩いたが、なかなか須磨寺まで辿り着かず、途中で薔薇園があるのに気がついたふたりは顔を合わせた。 「薔薇が好きですか?」 はじめて四年前に敦子と会った時、彼女の真っ赤な薔薇のような口もとが印象的だったのを比呂志は思い出した。 『こんな女性の唇に・・・』 淡い美しい想いが彼の心を占領した。 どこまでも淡く、透きとおった、美しい想いだった。 四年前の想いが、今度は激しく甦った。 「薔薇も好きですが・・・・」 比呂志は、敦子の微妙な返事に心が引掛かりながらも頷いた。 須磨離宮の薔薇園はその種類と数では全国でも一、二を争う有数の所であり、恋人同士が愛を語らいながら歩くには格好の場所である。 しばし時を忘れて、異次元世界を経験できる。 「薔薇も好きですが・・・・。今度お会いできたら、上野山の福祥寺に連れて行ってくれますか?どうしても行きたいのですが・・・」 「ええ、喜んで」 敦子の意味するところを理解できないまま、比呂志は返事をした。 ふたりで歩いた薔薇園は夢心地であったが、二度も繰り返した敦子の言葉は、彼女と別れて自宅に戻る間も気になって仕方がなかった。 |