曲がりくねる人生

「お前は由緒ある平家の血を引いてるんやないんか?」
石井一は博嗣に言った。
「そんなこと極道の世界に関係ないやろ!」
十八になったばかりの博嗣が六十半ばを過ぎた石井に暴言を吐く。
「わしはなあ!お前のお祖父さんには、それはそれは大きな恩義があるんや。だからもう一宇村に帰り!」
石井一(はじめ)は徳島市内で表向きには不動産業を営む石井興産の社長の顔を持つが、裏世界では徳島最大の規模を誇る暴力団の組長である。
池田高校を卒業した博嗣は、両親の意に背き、大学に進学せず極道の道に入ろうとしていた。
副総理まで経験した徳島出身の前田代議士が、総選挙にはじめて出馬したときに、最初に挨拶にいった相手が石井一だったほど、徳島の影の実力者だった。
三木家、前田家は長曽我部一門の血を引く由緒ある家であり、特に三木家は皇室とも因縁浅からぬ名門である。
徳川時代は多くの藩に分割された四国であったが、戦国時代までは長曽我部一族が四国全土を支配していた。
聖徳太子が曽我入鹿に毒殺されたあと、一族も法隆寺で滅亡の憂き目に遭い、太子の右腕であった山城の国・太秦を拠点にしていた秦川勝は身の危険を感じて、倭の国にはじめて渡来した際の寄港地であった播州加古川に難を逃れた。
秦一族はその後、畑、波多、波多野、羽田、服部、高橋、忌部から長曽我部、そして佐伯、坂本といった姓に分かれて全国に散らばっていった。
播州から瀬戸内海を渡って死国に安住の地を求めたのが忌部一族そして長曽我部一族だった。
忌部・長曽我部一族から佐伯家が分かれ、佐伯家から佐伯善通のちの弘法大師が輩出し、明治維新の最大の功績者である坂本龍馬も長曽我部一族の血を引く。
そんな名門中の名門出の前田代議士が一目置くほどの実力者である石井一に博嗣は食ってかかった。
「おれは極道が似合いのひねくれ者なんじゃ!」
自分を親のように慕う博嗣だけに、手を焼く石井だったが、「極道のひねくれ者」と言われたら、極道の身として黙っているわけにはいかない。
「そんなにひねくれ者の極道になりたいんやったら、指の一本でも先ずつめてみんかい!」
自分の迫力にたじろぐかと高を括った石井の当てが外れた。
「おお!やってやろうやないか!」
そう言うなり、博嗣はポケットからナイフを出して、テーブルの前に左手を置いた。
「どの指じゃ!どれでもつめたるわ!」
左手の小指から血が噴き出している。
度肝を抜かれた石井もさすがに極道の頭領だ。
小指の半分にめり込んだナイフとテーブルの間に、自分の小指を差し込んで、静かな口調で言った。
「わしの指も一緒に切れや!」
「ほんなら、水杯どころか血杯の親子じゃ!」
『すごい!』
博嗣は思った。
ふたりは貞光駅からタクシーに乗った。
「一宇村まで行ってんか」
石井がタクシーの運転手に告げた。
「はい」
静かな口調で言う運転手の声に聞き憶えがある。
「おまえさんは、馬子のじいさんでは!」
運転席からうしろをちらっと見た老人の表情が明るくなった。
「石井のボンですか!」
石井はうしろの座席から身を乗り出すようにして、老人の顔をまじまじと見た。
「さすがに老けられましたなあ!新田さんはどうされていますか?」
ハンドルをしっかりと握って前を向いたままで老人は答えた。
「元気になさっておられるようです。二十年前に剣さんに来られた時から、この人は只者ではないと思ってましたが・・・偉いお方です」
「そうですか・・・お元気にされていますか・・・」
石井は感慨深げに呟いた。
石井の影に隠れていた博嗣の小指の包帯の白さが老人の目に入った。
「お連れの人は?」
老人が訊く。
「平さんところのボンだよ!」
老人が吃驚して急ブレーキを掛けた。
「それじゃ、今から平さんの家にですか?」
石井一と久しぶりに再会して明るい表情だった老人の顔が暗くなった。
一宇村に向かう車のスピードが急に落ちたのを石井は気づいていた。