軋む叫び

「もしもし、僕だ・・・」
比呂志は妻の礼子に電話をした。
「・・・・・・・」
礼子は黙っていたが、比呂志の次の言葉を覚悟して待っていることが手に取るようにわかった。
「泰隆はダメだったよ・・・・」
どうしても「死」という言葉を吐くことができない。
「わあああ!」
電話の向こうで泣き崩れる礼子の姿が目に浮かぶ。
比呂志も次の言葉が出ない。
「大阪梅田の芝田町の済生会病院に泰隆はいるが、ここまで独りで来れるかい?」
死の哀しみには優しい言葉などまったく無力であるどころか、血塗られた傷に砂粒を摺り潰すような残酷さがある。
「今から帰るから待っていなさい!」
却って強い命令口調で言った方が慈悲の心というものだ。
「はい!」
礼子もしっかりとした口調で返事をしてきた。
比呂志も内心安堵の気持ちで少しは気楽になれたのか、自己の内なる囁きが聞こえてきた。
『とにかく動くことだ!』
『動くことによって瞬間から瞬間に生きることに没頭できるはずだ!』
『何をすべきかを考えるな!』
『先ず第一歩を踏み込むことだ!』
内なる囁きに従って比呂志は第一歩を記した。
大阪駅に向かって歩き出した瞬間(とき)、比呂志の目から涙が突然溢れ出る。
必死に抑えてきた感情が一気に噴き出したのだろうか。
涙でくしゃくしゃになった顔を気にせず思い切り感情を露出することでしか、哀しみを宥めることができなかったのだ。
大阪駅に着いてもまだ涙が止まらない。
切符を買うまでは・・・・、だが改札口までは無理だった・・・。
比呂志は臆病な性格だったが、憧れてもできなかった臆病との決別が、こんな事態に及んで出来るとは人生とは実に皮肉なものだ。
挫折とは憧れと裏腹なもの。
神戸駅から舞浦駅行きに乗り換えた。
線路の軋む音が枕木と共鳴して、まるで比呂志の叫び声のように響く。
舞浦駅を降りるとプラットホームに礼子が迎えに来ていた。
比呂志の叫び声が彼女に届いたのだろうか。
列車のドアーが開くのを待ち切れずに礼子は比呂志の懐に飛び込んで行った。
「礼子!」
比呂志は叫んだ。