|
独りぼっち 「また二人きりになったわね」 母の末子が比呂志に言った。 末子は既に八十歳になっていた。 「八十歳にもなった老人がまだ生きているのに、二十歳にもならない泰隆と五十歳にもまだならない母親の礼子さんが、わたしより先に逝ってしまうなんて・・・」 息子のために台所に立っている老婆の背中には、一沫の寂莫感が漂っていた。 五十歳間近になった実の息子だけを残され、愁嘆場となって襲い掛かる人生の舞台は、老いた母には余りにも無残なものだ。 戦場に引き摺り出された息子が母よりも先に逝くのが悲劇のクライマックスなら、母はまさしく悲劇のヒロインと言えるだろう。 孫と嫁に先に逝かれ、再び息子と二人だけの人生を送る破目になるのが悲喜劇のクライマックスなら、末子は悲喜劇のヒロインと言えるだろう。 そして五十歳間近になった一人息子の比呂志はまさに喜劇のヒーローだろう。 「残りの会社員としての人生を全うすることが、僕に唯一できることのようだなあ!」 末子の背中を眺めながら、一人言のように呟く。 しかし、末子は黙って台所仕事を続けている。 『生前のお父さんのことを、いろいろ言っていたけど、お前も一緒だね!』 末子の背中が言っている。 心の中を冬の木枯らしが吹いている中で起こった二つの事件が、彼をある情景に誘導していったとは、当人も知るべくもない。 その夜、比呂志はとうとう一睡もできなかった。 単なる不眠ではないことは、本人も重々承知している。 眠っていないのに夢を観る。 夢を観ていることは眠っている証しである筈なのに、一睡もした覚えがまるでない。 眠りの中で夢を観ることは当たり前だが、覚醒の中で夢を観る経験をしたことがある人間がいるだろうか。 真昼間の覚醒の中で観る夢を白昼夢と言うなら、真夜中の覚醒の中で観る夢は暗黒夢と言うのだろうか。 「お母さん!」 画面の中で遠ざかって行く母の姿を、手探りで追いかける者が叫んでいる。 叫ぶ男が自分なのかどうかはっきりしないのは、見憶えのある手だけで、それ以外姿を見せないでただ叫ぶだけのためだ。 叫び声が聞き憶えのある音色であることも、手探りする男が自分である可能性を大きくする。 画面の中で走るように遠ざかって行く母の姿は、自分が子供の頃のものだ。 母の姿が次第に礼子の姿へと豹変して行く。 「礼子!」 手探りする男が再び叫ぶ。 母の末子と礼子が次第に重なって行く。 そして終に二人の姿が合一した瞬間(とき)、比呂志は暗黒夢から醒めた。 「お母さん!」 比呂志は叫びながら、母が寝ている二階に駆け上がって行った。 父親の仏壇が置かれてある部屋で寝ていた末子の表情は柔和そのものであったが、口元は既に硬直し掛かっていた。 『そんな馬鹿な!』 静かに眠る母を、膝から落ちて行く情景の中で見守る比呂志の表情はまるで蝋人形のようであった。 「また二人きりになったわね」 ほんのさっき母が言った言葉だった。 「とうとう独りぼっちになったわね」 静かに眠る母の口元がそう言っているように、比呂志には聞こえた。 |