想い

敦子は大阪にいる息子の博嗣から、末子が亡くなったことを聞いた。
「お母さん、熊谷さんのお母さんが今朝死んだらしいよ」
泰隆の件で電話をして判ったのである。
敦子と末子は何度かニアミスはあったが、顔を合わせることは結局一度もなかった。
『あの方と一度も会ったことはないけど、やはり他人ごとのように思えないのは何故かしら・・・』
夢想の世界では何度も会っているからだが、女は夢想の世界を決して受け入れない体質である故なのだ。
夢想しているのに夢想を受け入れないのが女とすれば、夢想しないのに夢想を受け入れるのが男だと言える。
男と女の間には暗黒の深い溝があって、お互いの理解によってその溝が埋まることは決してない、宿命の溝である。
『一度も会っていないから、顔すら浮かばないのに・・・・』
疑問に感じると女は疑問払拭のために即行動に出る。
男は女の行動を理解できないから誤解する。
「お葬式は何日か知っている?」
女の行動の一環である。
「今晩がお通夜で、明日が葬式らしいけど、密葬にすると言ってたよ」
博嗣の方が男だけに、敦子の言動に戸惑っているのだが、何も言わずに返事するだけだった。
「そう!」
敦子は受話器を下ろした。
博嗣は迷った。
『熊谷さんに連絡すべきか?』
『母は多分お通夜か葬式に行くつもりだ!』
『やめとこう!』
男はここで思考を停止するが、女はどんどん連想をする。
夢想をしていたことに気づけば、夢想を受け入れることができるのだが、体質的に気づかないのである。
受容性は女の体質であるのに、気づきつまり洞察力に欠けるゆえに、受け入れるまでに時間が掛かり、その間に行動に隙を与えるのである。
敦子はすぐ支度に取り掛かった。
一宇村から貞光駅まで運転し、徳島行の電車に乗り、徳島駅から徳島空港までタクシーに乗った敦子は時計を見ながら思った。
『今から大阪空港に行き、そこから神戸の舞浦に向かったら、夜の9時を過ぎるかも知れないわ・・・・』
『それなら明日の葬式にしようかしら?』
現象面だけで思考・判断をする。
『あの人に連絡しておいた方が・・・』
本質面で思考・判断するならこう思うのだが・・・。
大阪空港から乗ったタクシーの運転手が彼女に訊いた。
「どこまで行かれまっか?」
腕時計を見たら午後7時を過ぎていた。
「心斎橋の日航ホテルまでお願いします」
女は直行型である。
「神戸の舞浦までどれぐらい時間が掛かりますか?」
多様的思考型なら、運転手に訊く。
敦子は結局、予約もせずに例の日航ホテルに飛び込んだ。
部屋の中に入って時計を見ると、午後8時前だった。
脳裏に掠める何かを感じてはいたが、忘却させる動きが先に立った。
ホテルの向かい側にある、比呂志と逢引きしたイタリアレストランに行って、独り想いに耽る選択を敦子はした。
三年先のことよりも、三ヶ月先のことを考え行動する。
三ヶ月先のことよりも、三日先のことを考え行動する。
三日先のことよりも、三時間先のことを考え行動する。
三時間先のことよりも、三分先のことを考え行動する。
三分先のことよりも、三秒先のことを考え行動する。
三秒先のことよりも、『今、ここ』のことを考え行動する。
客の少なくなったレストランのテーブルに独り座って、敦子は比呂志のことを想い続けていた。