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黒い薔薇 新神戸駅まで出た敦子が、舞浦駅行きの普通電車に乗り換えようとして、新幹線のプラットホームから改札出口に向かったその時、清算事務所の壁に須磨寺のポスターと須磨離宮のバラ園のポスターが貼られているのに気づいた。 『須磨離宮の薔薇園、そして須磨寺・・・に行ってから、もう二十年以上も経ったのね・・・・・・・・』 『光陰矢の如し』と言うが、まるで昨日の出来事のように、二十年以上も前の記憶が走馬灯のように駆け巡り甦ってくる。 須磨離宮の薔薇園で比呂志と約束した言葉が浮かんでくる。 「薔薇も好きですが・・・・。今度お会いできたら、上野山の福祥寺に連れて行ってくれますか?」 敦子が甘えるように比呂志に言った。 「ええ、喜んで」 敦子は比呂志の短い言葉を信じた。 しかし比呂志は約束を守らなかった。 突然湧きあがってくる愛しさと憎しみの繰り返しを、この二十数年間のうちに処理する方法を身につけた筈の敦子だったが・・・。 『心の傷は肉体の傷のようにはいかないのかしら・・・』 葬式に行くつもりでやって来たのに、急に郷愁の想いの方が打ち勝ってしまったようだ。 敦子は須磨離宮に矛先を変えた。 『薔薇祭りはやっているかしら?』 『あの時は皐月だったから・・・・・』 『だけど今は霜月だから・・・・・』 『だめだったら、だめだっただけね・・・』 訳の分からない独り言を呟きながら、須磨離宮のチケット売り場までやって来た。 『馬鹿だわ!薔薇祭のポスターが貼られてあったじゃないの!』 今までの自分の思考回路と全く違うことに少し気づきはじめかけた瞬間(とき)、何かを掴んだように気がするのだった。 鬱蒼とした薔薇園までの回廊のような参道に人影はしばらくはひとつだけだった。 回廊を抜けると一気に左を回る坂道があり、その真下に薔薇園が拡がっている。 坂道を上りきったところにある噴水まで辿り着いた敦子は仰天吃驚した。 薔薇園一面に広がるのは、すべて黒い花びらだった。 喪服姿の敦子を出迎えるように、いろいろな姿形をした黒い薔薇が整然と咲いているではないか。 『待っていてくれ、すぐに帰る!』 比呂志の声が聞こえる。 辺り一面を見回す敦子だが、比呂志の姿は見えない。 『待っていてくれ、すぐに帰る!』 再び比呂志の声が聞こえる。 『比呂志さん、何処にいるの!』 自分の叫び声で敦子は目が醒めた。 ホテルの部屋の壁に掛けてある一輪の大きな黒い薔薇の絵が彼女に囁きかけているようだった。 |