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時空のめぐりあい 「約束を守って下さらない?」 沈黙を破ったのは、やはり敦子だった。 『薔薇も好きですが・・・・。今度お会いできたら、上野山の福祥寺に連れて行ってくれますか?』 心の中で、あの時比呂志に甘えるように言った言葉を繰り返していた。 「須磨寺に一緒に行くことかい?」 比呂志も承知していた。 「でもその前に、もう一度薔薇園に行かないと・・・」 敦子も承知していた。 「そうですね・・・」 二人は須磨斎場に行き、末子の遺体を焼いてもらい、お骨を受け取ったその足で須磨離宮に向かった。 「あの時とまったく変わらないわね」 敦子にとっては、本当にあの時以来の薔薇園であった。 「そうだね、同じだね」 比呂志は亡くなった妻の礼子と行って以来であった。 「薔薇園に来たのはあれ以来じゃないのよ」 比呂志は、無邪気な顔をして言う敦子に度肝を抜かれた。 「実は昨日の夜、ホテルで夢を観たの・・・」 「夢の中で薔薇園に来ているのよ・・・・・・」 「ところがみんな黒い薔薇なの・・・・・・・・・」 呆然としていた比呂志が我に帰った。 「なんだ!夢での話か」 「だけどまんざら夢とはいえないわ」 比呂志が胸に抱えている末子の位牌とお骨を見ながら、敦子は言った。 薔薇は色とりどりの花を咲かせていたが、二人の心の中の薔薇はみんな黒い花弁だった。 二十数年ぶりの感触を味わった敦子は満足だった。 「じゃ、今度は約束通り、須磨寺に連れて行こうか」 比呂志にとって、須磨寺ははじめてである。 「そうね、やっと連れて行って下さるのね」 敦子にとって、須磨寺は二度目であった。 夫になった清重とはじめて会ったところだ。 比呂志の不甲斐なさに失望して、清重との結婚を決意したところだ。 須磨寺への参道を二人で歩いていると、はじめてのような気がしない。 「なんかはじめてのような気がしないな!」 比呂志が言う。 「そうですね、わたしもはじめてのような気がしないわ!」 敦子は正直そう思った。 須磨寺の門を入ったところで、二人は手を清め、そして終に源平の庭に辿り着いた。 「わたしたち、終にめぐりあえたのね!」 調子の高い声で敦子は言ったが、比呂志はその意味を理解できない。 「わたしは平敦子」 「あなたは熊谷比呂志」 敦子は、源平の庭にある馬に跨った二人の武将に視線を向けた。 平敦盛と熊谷直実が決闘する場面である。 「君は、このことを僕に報せるために、須磨寺に連れて行ってくれと言ったのかい?」 比呂志の顔が紅潮した。 「わたしはそんなつもりでは・・・」 敦子の顔も紅潮していた。 その直後、聞き覚えのある声が叫びとなって二人の鼓膜に響いた。 二人の前に博嗣が立っていた。 彼の手は、真っ赤に滴り落ちる血で染まっている。 「何だって!」 敦子がやはり口火を切った。 腹部が黒い血で染まった比呂志が叫んだ。 「何だって!」 真っ青な顔の敦子は、やっと時空を超えた記憶の正体を知ったが、時すでに遅かったのである。 「博嗣!あなたは!」 敦子が博嗣を睨むと、彼は本堂の方に視線をやった。 視線の延長線上には、夫の清重の姿があった。 『あなた!』 敦子は胸の中で叫んだ。 清重の肩には袈裟が掛かっており、お経を唱えている様子だった。 “羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 よく帰れり よく帰れり 高野の山に よく帰れり 金剛三昧院に よく帰れり めぐりあい めぐりあい 平と源が めぐりあい” 清重の唱えるお経に愕然とする敦子が叫んだ。 「そんな馬鹿な!」 「めぐりあい」第一話−終わり− |