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一生の問題 比呂志は、敦子の落胆ぶりを想像すると、居ても立ってもいられなくなるのだが、如何せんどうしようもない。 若いふたりの人生の中では、何ものにも代えがたい重大事であるのだが、世間は彼らを中心で回っているわけではない。 こんな朝早い時間に舞浦駅に着いたバスから降りてくる人たちは、殆どがしがない老サラリーマンたちだ。 彼らの様子を見た比呂志は、父のことを思い出した。 『親父のことを非難する資格が今の自分にはないようだ・・・』 結局は、世間の流れに流されるしかない自分に嫌悪感を抱きながら、嫌悪感の中にどっぷりと漬かっている。 そう思うと、敦子に連絡する勇気さえ湧いてこなくなる。 比呂志は無意識の中で電車に乗り込んだが、やはり気になり、腕時計を覗いてみると午前7時を過ぎていた。 敦子との約束場所は彼女の宿泊するホテルのフロントだった。 チェックアウトが午前10時なので、フロントにしたのだが、まさかこんな事態になるとは夢にも思っていなかった。 『こんなことなら・・・』 いくら考えてもあとの祭りだ。 デーバン社がある最寄りの駅に降りてすぐに敦子の宿泊するホテルに電話をしてみた。 「お泊りの平敦子さまは、すでにチェックアウトされました」 貧すれば鈍するとはこういうことだ。 八方塞がりになった比呂志に出来ることは決断だけである。 『To be or not to be(生きるべきか、生かざるべきか)』 それが問題なのである。 比呂志は父親を倣って生きるのを放棄した。 『俺って男は・・・』 苦渋の決断をするなら、好きな方を選ぶ決断をするべきだが、それが出来ないのが現代日本の男性である。 一方、平敦子は決断をして比呂志に会いにやって来た。 午前11時を疾くに過ぎても、比呂志は一向に現れない。 自分の身を痛めた母親なら、そこで子供の安否を心配するのだが、想いだけで繋がっている男女の間の糸は哀しいほど細くて弱い。 決断できない女は手弱いが、決断した女は手強い。 敦子は比呂志の勤めるデパートに行ってみることにした。 比呂志の職場が紳士服売り場だと聞いていたので、直に判断してみることにしたのだが、比呂志の姿は見えなかった。 同じ売り場の女性に訊ねてみると、今日は上司と一緒に出かけていると言う。 『もうここまでだわ・・・』 敦子は苦渋の決断をせざるを得なかった。 「・・・・・・今度お会いできたら、上野山の福祥寺に連れて行ってくれますか?」 「ええ、喜んで」 昨日のことが脳裏に浮かんできた。 『仕方ない・・・。わたしひとりで行ってみよう』 敦子の苦渋の決断は一生の問題だったが、比呂志の苦渋の決断は取るに足らない卑小な問題だった。 このことが、その後のふたりに大きな陰を投げるとは、予想する術もなかった。 |