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Chapter 1 夢の交差点 子供の頃にわかった法則について、もう少し詳しく話してみようと思います。 過去のことを夢に観ようと、思い出していると、すぐに眠気を催して眠ってしまうのに、未来のことを夢に観ようと、考えていると、全然眠気を催さない。 これは一体どういうことなのでしょうか。 過去のことは、既に起こった事ですから、考えるのではなく、思い出すという作業をするわけです。 従って、考える能力を持っている大脳が働いているのですが、大脳は高性能並列型スーパーコンピユータと同じ構造をしていて、リアルタイムに考える能力を持っているわけではありません。 記憶装置に蓄積された記憶を必要に応じて引き出したり、元に戻したりするだけで、その速度が猛烈に速い為に、恰も判断する、即ち計算しているように思っているだけです。 単純計算をしていることは確かですが、日頃、わたしたちが複雑に考え込んだり、悩んだりしていることは、大脳の働きとは関係ないのです。 従って、わたしたちは、それを心として区分けしているのです。 頭で考えることと、心で思うことが、並列して働いている。 これが人間であるのです。 複数の自分が存在する所以です。 過去のことを思い出すのは、記憶装置に収められていたデータを単純に引き出すだけのことです。 引き出したデータを、大脳の中心、即ちコンピユータで言えば、CPUで処理する必要のない、実に単純な作業なのです。 眠気を催すのは、この単純性が原因です。 一方、未来のことは、未だ実現していない事ですから、考え、想像しなければ、データベースを作ることは出来ません。 つまり、記憶装置にある過去からのデータの中で、最も近似性の高いものを引き出し、それを大脳の中心であるCPUで加工処理しなければなりません。 それだけ、付加価値の高い作業なのです。 従って、大脳に掛る負荷も大きくなり、血液を大量に必要とする結果、眠気を催さないのです。 問題は、現在のことを夢に観ることが出来るのでしょうか。 結論から申しますと、現在のことを夢観ることは勿論、考えることすら不可能です。 現在という次元は、わたしたちが普段生きている世界とは、まったく異次元のものであるのです。 従って、わたしたちは、残念ながら、過去か未来にしか生きておりません。 わたしが、子供の頃に夢を観る対象の中に、現在が入っていなかったのは、子供のわたしが生きていない世界であったからなのです。 子供の方が大人より、現在という異次元の世界に近いところで生きているのですが、その子供でも入り難い世界ですから、ましてや大人には極めて困難なことだと思います。 人生のポイントもそこにあるように思われます。 これからは、夢という過去・未来の世界と、現在という夢の存在しない世界とが交差するポイントに迫ってみたいと思います。 |