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Chapter 37 ふたつの夢 わたしたちは、将来こうあって欲しいとか、こうなりたいとか思うことを、自分の夢と言います。 英語でも、American Dream(アメリカンドリーム)やImpossible Dream(見果てぬ夢)と言ったように、将来に対する願望を夢と言っています。 眠った時に見る夢とは意味が違って、自分の一番願望している理想を夢と言います。 子供に、「将来の夢は?」と聞きます。 子供は、「将来の夢は先生になること」と答えます。 夢というのは、「こうありたい」と思う心であるのです。 「見果てぬ夢」と言うが、「夢を実現する」とも言います。 夢というものは、まんざら荒唐無稽のものではなさそうです。 しかし、わたしたちは、眠っている時に観る夢は荒唐無稽のものだと思っている節が多分にあります。 人間の、夢に対する認識がここでも間違っているように思うのです。 わたしたちは、程度の差こそあれ、将来に対して夢を持っています。夢は、子供だけが持てる特別なものではないのです。わたしたち人間は、すべて死ぬまで夢を持って生きることが出来るのです。年を重ねていく毎に夢を喪失していくというのは嘘であります。今すぐにでも夢を胸に膨らませて、ワクワクした人生を送ることが出来るのです。 その証拠に、いくら年を重ねた老人でも夢を観ているのですから、眠っている間の夢だけでなく、目が醒めている時も夢を観て生きるべきであります。 わたしたちには、二つの種類の夢があるようです。 眠りの中で観る単なる生理的現象としての夢。 将来に対する願望をより具象化した精神的現象としての夢。 実は、この二つの夢が同じものなのです。 だから、わたしたちは、四六時中夢を観ていると言ってもいいでしょう。生理的現象としても四六時中夢を観ていると、何度も申してきました。精神的現象としても、わたしたちは四六時中夢を観ているのです。 ここでも、また錯覚が生じていることが、もうわかってこられたと思うのですが、こと左様に、人間とは、錯覚、誤解の人生を送る生き物であるようです。 眠っている時に観る夢は現実的でないただの夢と思っているのに、将来に対する願望の夢は、ひょっとしたら努力次第では実現する可能性があると思っている。 これは実にエネルギーの浪費であるのです。 同じものを、一方で不可能な事象と思い、他方で可能な事象と思っている。 まさに自己分裂しているのです。 この分裂から、先ず是正して行きましょう。 「夢とは、努力によって必ず実現するものである」 このことを、今、ここで、頭に焼き付けてください。 今、ここでなら何でも出来る。先に延ばしたらもう出来ません。 頭に焼き付ける。夢の現像フィルムに焼き付けることです。潜在意識に刻印すると言ってもいでしょう。結局の処、継続した努力をするということです。 さあ、このふたつをしっかりと持って−こういうのを不退転の決意と言います−今、ここから生きて行くと決意するのです。 |