Chapter 203 洗脳という伝染病

生きるということは、本質的には実に楽しいことです。
動物の子供であっても、人間の子供であっても、彼らは実に楽しんで生きています。
楽しむということは、決して凄い出来事の中にあるのではなくて、平凡な日々の中に見出すもので、子供たちは平凡な中で楽しいことを実に上手に見出す能力を持っています。
ところが大人になっていくと、平凡な中で生きることに退屈を感じはじめます。
だからといって刺激の強い状況だと、はたまた過剰な緊張感に襲われて結局はそこからも逃げようとします。
結局の処、如何なる状況でも満足できなくなってしまっているのです。
子供の頃はどんな些細なことでも感激するのに、大人になるとどんなエキサイティングなことでも白けてしまう。
この原因は、知性にあるのです。
知性が、楽しいことと、楽しくないことを区分けするのですが、実は楽しいことと、楽しくないことが存在しているわけではなく、楽しむ姿勢さえあれば、どんなことの中にも楽しさを見出すことができるのです。
子供は、石ころ一個さえあれば、それで一日を十分に楽しむことができるのです。
大人は石ころ一個のためにエキサイトすることはありませんが、石ころの替わりに金やダイヤモンドになれば目の色を変えるでしょう。
子供には石ころも金もダイヤモンドもみんな同じ、ただの塊にしか見えないのであって、それは石ころと金やダイヤモンドの価値の違いを知らないからです。
お金は大人にとっては命に次に大事なものだと思われているでしょうが、石ころで楽しく遊ぶ子供にとっては、1万円札も千円札も変わりはなくて、十円玉の方を大事にします。
お金(貨幣)がはじめて誕生したとき、貝が貨幣の役目を負った。
貨幣の「貨」には「貝」があります。
宝の難しい字である、「寶」にも「貝」が入っています。
円の難しい字である、「圓」にも「貝」が入っています。
貝が価値あるものだったのです。
価値観の違いが、その原因であるのですが、よくよく考えてみますと、ただの紙きれである紙幣と美しい貝を比較して、貝の方に価値を見出す子供の方が、遥かに本質を見極める力があると言えるのではないでしょうか。
わたしたち大人は、いかにも賢く振る舞っているように見えますが、世間の汚い水をいっぱい飲んでしまって、きれいな水と汚い水の判断さえできなくなってしまっているのではないでしょうか。
最近の低劣なテレビ番組を、何の疑問も感じずに見て楽しんでいる大人たちこそ、完全に洗脳されている。
知性の功罪で最も大きな罪は洗脳にあると言われます。
つまり知性にも良い面と悪い面があるが、最も悪い面は、洗脳されることにあるというわけです。
わたしたちは大人になっていくにつれて、多くの知識を吸収していきますが、殆どの知識は洗脳された知識で、有用どころか毒になっていることに気がついていないのです。
子供は洗脳という毒物に冒されていないから、楽しむことができるのです。
大人になると楽しむことができないのは、洗脳という毒物に冒されているからに外なりません。
その洗脳という毒物の正体は知識にあるのです。
子供の頃は洗脳という毒物に汚染されていませんが、この毒物は社会に蔓延しているものですから、いずれ子供たちも社会に出ていくと汚染される。
従って、子供たちが社会に出るのを極力遅らせてやるのが、親の責任なのですが、その親が既に汚染されているものだから、逆に親から子供たちは伝染される。
その結果、やれ3年保育だと言われて、3才ぐらいから洗脳という毒物まみれの社会に放り出される。
そんな子供たちは、3才で最早、石ころより金やダイヤモンドで遊ぶことを好むような化け物になってしまっている。
青少年の犯罪の遠因はここにあるのではないかと思います。
楽しむ能力のある子供がどんどん少なくなっていく社会こそ、餓鬼の世であるかも知れません。
動物も大人になると白けているように見えますが、彼らの大脳には知性を司る新皮質を具えていませんから、白けようがないのです。
白けているように見えるのは、本能欲の中の性欲が頭をもたげてきて、つまり交尾の時期がやってきて、自分ここに在らずの状態になっているだけです。
交尾の時期が過ぎると正常に戻って、またじゃれ遊びをします。
正常とは、じゃれ遊びをして楽しむことができる状態であることを、わたしたち人間の大人は気づかなければいけません。
夢の中では、今でもじゃれ遊ぶ自分を見出すことがないでしょうか。
夢の中で自分を見出すことができたら、それは現実ではなくて夢だと認識できるようになったということです。
映画に出演している俳優は、映画を映画として捉えることができますが、ただの観衆は映画を映画と思えずに現実だと錯覚して観ています。
だから出演もしていないのに、恰も自分も映画の中に登場しているかのごとく錯覚して一喜一憂しておるのです。
知性を唯一有する人間にとって、最も注意しなければならないのが、知らず知らずのうちに洗脳される危険があることです。
子供はその毒物にまだ冒されていない貴重な時期であるのです。