Chapter 205 哀れな運命を引き摺る男性

人の世には男性と女性しか存在しません。
女性が不幸な宿命を背負っているなら、その唯一の相方である男性は、そんな不幸な女性に振り回される人生を送るのですから、これまた幸せな人生とは言い難い。
男性と女性は肉体的にも精神的にもまったく正反対の性質を持った同じ人間です。
同じ人間でありながら、本質がまったく正反対である。
それ故にお互いに引きつけ合う。
理屈では、正反対同士なら反発し合う筈なのですが、これが引きつけ合うのですから理屈に合わない話であります。
理屈の世界たとえば政治の世界を考えてみると、同じ意見(イデオロギーIdeology)の者たちが集まって政党が生れ、政策ができ、政治が為される。
与党と野党は反対の意見(イデオロギーIdeology)だから与党と野党になるのであって、与党内で正反対の意見(イデオロギーIdeology)があれば、これは政党ではないし、政策もないし、従って政治そのものでもないわけです。
さしずめ今の自民党のようなものです。
自民党は同じ意見(イデオロギーIdeology)を持つ政党ではなく、同じ目的(Goal)を持つ、いわば日本の大企業のようだと考えると理解し易い。
日本の大企業内では、出世という共通目的(Goal)が先ずあって、利潤追求という企業イデオロギーは第二の問題であるのです。
中小企業ならたちまち倒産するでしょうが、大企業ゆえ何もしなくても利益があがるのが、従来の日本の社会構造だからです。
自民党内では、大臣になるのが目的であり、政策は第二の問題なのです。
官僚支配の国だから、政策なき政党でも政府与党になれるのです。
しかしこれは本末転倒の話であって、理屈の世界では通用しません。(どうやら日本という国は理屈がまったく通用しない国のようであります)
いっぽう、たとえば正反対の本質である男性と女性という異性同士が引きつけ合い、同性間で反発し合う理屈の通らない世界もあるのです。
自民党や大企業の体質と実に酷似していて、どうやら日本の政界、官界、財界は、男と女の泥々した関係と同質の理屈の通らない世界のようです。
同じ考え同士が引きつけ合うのが理屈の通る世界で、男と女という異性同士が引きつけ合うのは理屈の通らない世界であり、その正反対の世界が混在するわたしたちの世界。
まさに、二元論世界を象徴しているのです。
そしてどちらの世界が理屈の通る世界かどうかは、これまたそれぞれの二元によって正反対の様相を呈している、つまり個人の主観に委ねられている実に複雑怪奇な世界であります。
女性は異性同士が引きつけ合う世界こそ理屈の通る世界だと思い、男性は同じ考え同士が引きつけ合う世界こそ理屈の通る世界だと思っている。
その女性と男性が引きつけ合う。
過去の歴史を振り返ってみて、歴史を創ってきたのは殆ど男性であり、女性が極めて少ないのは、歴史が理屈の世界によって創られてきたからであります。
科学の分野において、女性が貢献した例は殆どと言っていいほど無いのも、科学の世界が理屈の世界であるからです。
つまり人間社会は理屈の世界で成りたっているから男性社会であるのです。
男尊女卑の精神が男社会を生んだわけではないのであります。
「かかあ天下」が家庭円満のもとと言われるのは、家庭というものは理屈の通らない世界であるからだと言えるでしょう。
つまり肉体的世界、唯物的世界、既知の世界が、男の理屈の世界であります。
いっぽう、精神的世界、非唯物的世界、未知の世界が女の理屈の通らない世界と言えるでしょう。
正反対の男と女がセックスをする。
まさにセックスは理屈の通らない、いや理屈を超えた世界と言える。
「不幸という宿命を背負ったのが女性」であれば、そんな女性とのセックスを夢見る男は、さしずめ「哀れな運命を引き摺る男性」と言えるのではないでしょうか。
オカマ同士が一番しあわせそうに見えるのは、決して夢想ではない、現実なのかも知れません。