Chapter 210 深淵(Abyss)という踊り場

わたしたちが、運動の光と音(喧騒)の宇宙に生きているということ自体が、実は二元論的生き方をしていることに外ならないのです。
一日を昼と夜に分けて、目が醒めている時と眠っている時を交互に生きていることは、まさに二元論的生き方の代表です。
二元論という言葉が、みなさんの理解を苦しめているのでしょうが、平たく言えば、繰り返し動作をしていることを言うわけです。
「それなら、二元論なんて訳のわからない表現をせずに、最初から繰り返し動作と言えばいいではないか!」
と文句をじゃらじゃら言われるかもしれません。
では、運動の光と音(喧騒)の宇宙の法則である、円回帰運動はどう表現すればいいのでしょうか。
わたしたちの地球が自転し、太陽のまわりを公転することによって一日と一年が設定されていることぐらいはご存知でしょう。
火星が6万年ぶりに地球に大接近したのを、みなさんはどう理解されているのでしょうか。
「ああ、そうか。火星がそんなに近づいているのか、ふうん!」で終わりですか。
「なぜ、火星が近づいたり遠ざかったりするのだろうか?」という疑問が次に湧いてくる筈です。
これみんな、回っては元に戻る動きをしているわけです。
「円回帰運動なんて、小難しい言い方をせずに、回っては元に戻る動きと言えば、阿呆な自分でもわかるではないか!」
「二元論」は3文字ですが、「繰り返し動作」は6文字と倍の文字数が要ります。
「円回帰運動」は5文字ですが、「回っては元に戻る動き」は10文字と倍の文字数が要ります。
また前後に、「、」も要るから、毎日書いている身になれば大変なエネルギーの差です。
これは冗談ではなく真剣な話です。
二元論的−これで誰にはばかることなく小難しい言葉を使えます!−生き方をせざるを得ない故に、わたしたちは四苦八苦(チックタック)している。
三元論世界である、静止の暗闇と沈黙の世界に早く入るべきだと言っているのですが、それは前章でお話しましたように、振り子を真ん中に止めればいいのであって、それがまさに三元論世界であるわけです。
決して、遥か彼方にある世界ではなくて、二元の間にあるニュートラルポイントである深淵(Abyss)こそが、三元世界の入り口であるのです。
3階と5階を毎日往き来しているわたしたちが、気がつかずに通り過ぎている4階の踊り場が三元世界の入り口であるのです。
少し意識して歩けば、いつでも手が届くところに三元世界の入り口があって、わたしたちを誘ってくれるのです。
誘ってくれる怪し気な若い女性か、髭を生やしたうさん臭い立ちん坊のおっさんが声を掛けてくれないと、その気になれないのでしょうが、残念ながら深淵(Abyss)という三元世界の入り口には、そんな気の利いたポン引はおりません。
自分の六感というセンサーを働かせて見つけるしか方法はありません。
朝目が醒めた瞬間(とき)、夜眠りに就く瞬間(とき)が、深淵(Abyss)の前に立った時ですが、他にもいっぱいそういう機会はあります。
息をする時もそうで、吐くと吸うの合間が深淵(Abyss)であるし、セックスのクライマックス直前と直後の合間が、やはり深淵(Abyss)であるのですから、しょっちゅう機会を持っている筈です。
「息はしょっちゅうしているが、セックスは滅多にしない!」
そう文句を言われる方は、「犬も歩けば棒にあたる」犬になることを、お薦めします。
三元世界である、静止の暗闇と沈黙の宇宙は、決して150億光年の遥か彼方にあるのではなく、すぐ目の前にあることを肝に銘じておくことです。
「肝に銘ずるのではなく、肝の下に銘ずるのではないのか!」と更に言われるあなた。
電信柱に小便でもかけて、「気持ちいい!」と叫んでおればいいでしょう。