Chapter 219 覚醒への入り口

眠ることは、わたしたち人間の人生の中で最も多くの時間を割く生理的欲求であるのです。
しかし、睡眠というものは目が醒めた状態つまり覚醒の陰であることを理解しなければなりません。
つまり、覚醒が本来在るもので、睡眠は覚醒の状態によって現れたり消えたりする、また現れても、陰が薄かったり濃かったりするわけです。
それは陰の本質が、光の強さによって薄くなったり濃くなったりするし、光が消えると陰も消える、光が現れると陰も現れることを理解することです。
そうしますと、覚醒という実体あるものの陰が現れたり消えたりする要因である光は何かと言うと、それは時間であると以前申しました。
時間という光が現れれば睡眠という陰が現れ、消えると睡眠という陰も消える。
時間という光が強くなれば、睡眠という陰も濃くなり、弱くなれば薄くなる。
わたしたちの一日における睡眠は、時間に対する意識との相対関係であることがわかってくる。
時間に対する意識が強ければ強いほど睡眠という生理的欲求が強くなるわけです。
現代アメリカ人の殆どが不眠症に陥っていると言われています。
その理由は、余りにも時間に対する意識が強いからなのです。
"時は金なり(Time is Money)"の世界に生きていて、飛行機で旅をしていても、目的地に着くと何とか速く飛行機から出て次の目的地に向かいたい一心から、重い荷物をいっぱい担いで飛行機の中に入ってくる光景をよく見ます。
不眠症というのは、実際に眠れないのでなくて、眠れないのではないかと想う恐怖観念がその実体であるのです。
不眠症の人が睡眠という生理的欲求が一番強くなるのです。
子供や原始生活をしている人たちは、覚醒している状態で生きることを楽しんでいるから、眠るのがもったいなくて嫌なのに、犬や猫と同じように、一日10時間以上眠っておるのです。
つまり彼らは眠ってはいないのです。
眠っていても覚醒しているのです。
だから、10時間以上眠っていても、眠りに就いた瞬間もう朝になって目が醒めたような感覚になるのです。
一方、不眠症の人たちは眠っている時も目が醒めている時も、常に意識は逆に眠っているのです。
だから実睡眠時間は短いのに、一日の殆どを眠りと共に生きている感覚になっているのです。
睡眠とは覚醒の陰であることを理解すれば、不眠症から解放されるのです。
睡眠が生理的欲求の中で最も時間を割いているということは、時間に対する意識が最も強い状態であるのです。
逆に言えば、覚醒状態に時間を最も多く割くことができるということは、時間に対する意識が最も弱い状態だと言えるのです。
地球も他の宇宙も、またわたしたちの内臓も、疲れを知らない子供たちのように、一睡もせずに働いているのは、時間の意識がまったく無いからに外ならないのです。
過去から現在を通過して未来に進む、水平的流れである時間に強い意識を持って生きているわたしたちは、誰でも遅かれ早かれ不眠症に陥る運命にあります。
『今、ここ』という、過去も現在も未来もない、垂直方向の時間(虚時間)に強い意識を持って生きることが、覚醒状態即ち悟りの境地に一歩でも近づく(高める)道への入り口であるのです。
睡眠時間を極力少なくして生きる、逆に言えば、覚醒状態(目が醒めている状態)の時間を極力多くして生きることが、『今、ここ』に生きる機会を多くすることに外ならないことは言うまでもありません。
そして覚醒状態で、『今、ここ』にいる機会が多くなると、眠っている中でも、『今、ここ』にいることが可能になります。
その瞬間(とき)、わたしたちは本当に夢を観なくなるのです。