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Chapter 228 阿吽(あうん)の呼吸 ふたつの世界を生きているわたしたちですが、あなたは所謂現実の世界に生き、わたしは夢の世界を生きている。 そのふたりが出会うとどうなるでしょうか。 同じ人間なので、ふたりの違いを外観から俄かに見分けるのは難しいかも知れません。 そこで身近にいる犬というペットとの関係を考えてみればいいでしょう。 殆どの人間は、一生の中、その3分の2を所謂現実の世界に生き、残りの3分の1を夢の世界で生きています。 一方、犬は、その一生をすべて夢の世界で生きています。 そこで、先ずあなたが所謂現実の世界、つまり目が醒めている場合の犬との関りを考えてみましょう。 他の人間との関りでは、たとえ相手が言葉の違う外国人であっても、あなたは言葉でコミュニケーション−ジェスチャーも含めて−を図ろうとします。 しかし相手が犬だと、コミュニケーションの方法はまったく違ってきます。 「お手!」、「お座り!」、「伏せ!」・・・といった限られた人間の言葉であなたは彼らとコミュニケーションを交わしていると思いますか。 そうではありません。それはロボット的行動を指示する場合だけです。 彼らと本当のコミュニケーションを交わすのは、見る、聞く、匂う、味わう、触るという五感の中で触る(タッチする)ことと、六感といいますか、以心伝心といいますか、いわゆる、「阿吽(あうん)の呼吸」に依るのです。 阿吽(あうん)という言葉は、サンスクリット語(Ahum)がその語源で、神社にいる狛犬の口の開閉を象徴しており、要するに息の呼気が口を開けた状態、吸気が閉じた状態であるわけです。 犬は汗を呼吸でします。 まさに、「阿吽の呼吸」で犬はコミュニケーションをしているのです。 わたしたち人間同士は、見るという五感と聞くという五感で普段の殆どのコミュニケーションをしていますが、それは所謂現実の世界での手段であって、夢の世界では、五感によるコミュニケーションはできないのです。 夢の中で言葉を交わしているように思うでしょうが、目が醒めている所謂現実の世界での余韻が残像という錯覚現象を起こしているだけで、犬が夢の中に現れると、彼らとはまさに、「阿吽の呼吸」でコミュニケーションをしていることがわかります。 言葉というものが誕生したのは、今からせいぜい1万年前のことで、それ以前は、人間も「阿吽の呼吸」がコミュニケーション手段であったのです。 すべての生き物に共通したコミュニケーション手段が、「阿吽の呼吸」であるのです。 最近の言語学では、「阿吽の呼吸」を、ボディーランゲージと呼んでいるようです。 人間のコミュニケーションで、言葉に依るのは全体の20%以下で、80%以上は言葉以外のボディーランゲージに依るものだと言われています。 このボディーランゲージこそが、「阿吽の呼吸」であるのです。 可愛がっている犬とのコミュニケーション。 好きな相手とのコミュニケーションはすべて、「阿吽の呼吸」に依って為されているのは、同じ夢の世界に生きているからに外なりません。 言葉でしか交わせない相手は、所謂現実の世界に生きている人間だけであり、彼らとのコミュニケーションは不可能である故に、空しさを感じるのです。 あなたは、いまどちらの世界に生きているでしょうか。 わたしは、このChapterを書きながら、所詮言葉の限界を感じています。 これ以上は、「阿吽の呼吸」を交わせる人しか、わからないでしょう。 |