Chapter 245 教育の大切さ

命(Life)を使うことを生きる(Live)と言います。
生き切る(Live life)ことを使命(Mission 若しくはCall)と言います。
従って、生きる(Live)とは与えられた(Call)命(Life)を使い切ることを言うのです。
明治維新の陰の功績者吉田松陰の言葉を以前紹介しました。
30才という若さでこの世を去ったのですが、弟子の高杉晋作の、『男子の死ぬべきところはどこでしょうか』の問いに対して、『死は好むものではなく、また憎むべきでもない。世の中には生きながらえながら心の死んでいる者があるかと思えば、その身は滅んでも魂の存する者もいる。死して不朽の見込みあらば、いつ死んでもよいし、生きて大業をなしとげる見込みあらば、いつまでも生きたらよいのである。つまり、人間というものは、生死を度外視して、要するになすべきをなす心構えこそが大切である』と応えたのです。
30才の青年が、このような精神状態になれるのに、50代になっても、『死にたくない。先生、助けてくれ!』と叫ぶ輩が、世の喝采を浴びている世の中は、やはり暗闇と言えるでしょう。
生きている人間のすべてが、顔の表情に表れます。
形の奇麗、醜いは生れながらのものですが、表情の奇麗、醜いは、その人の生き様がそのまま表れるのです。
テレビの画面に出てくる人間たちの表情が、昔に比べて醜いと感じるのは、わたしだけでしょうか。
汚染力の強いテレビが、そういった醜い表情の人間ばかりを出すから、表情の醜い一般の人間が街中にあふれ出るのです。
十代の女の子の表情は、嘗てのオカルト映画「オーメン」や「ダミヤン」の子供の表情とまったく同じであることを発見します。
今や、オカルトの国になってしまったのです。
100年少し前には、これほど崇高な精神を持った青年が存在した日本であるのに、一体何があったのでしょうか。
「生きる」とは何か。
「死ぬ」とは何か。
「生きる」と「死ぬ」を貫く「もの」があってこそ、「生き切り」、「死に切る」ことができるのです。
この貫く「もの」が使命であるのです。
とにかく、すべて一からやり直しすることが、この国にとって先ずの課題であります。
それぞれが生死を度外視して何をなすべきかを、よくよく考えてみるべきしょう。
考える値打ちは、こういう場合に限るのです。
特にその中で、教育を一からやり直すことが最重要課題であります。