Chapter 308 夢のような十七条憲法

風変わりな国、日本。
それは宗教法人数が20万を超え、その信者数が2億を超えている点に集約されています。
老若男女総数1億そこそこなのに、宗教団体に所属する信者総数がその倍近くもいるのです。
そもそも宗教法人という言葉自体に違和感を持たないのが異常であることに気がつかない日本人。
医療法人、特殊法人・・・NPO、こういった言葉を一体誰がつくったのでしょうか。
法人にすれば、税務上の特典があるというわけです。
この発想は、まさにどぶねずみの暴走を髣髴させてくれます。
適当においしそうな餌を愚民に与えておいて、その裏で天下りをして自分たちを肥え太らせてくれる法人を思い切りつくる発想なのです。
法人とは、税を徴収する連中が税を逃れるためにつくった隠れ蓑であるのであって、法人と言えば最初に思い起こすのが株式会社ですが、実は彼ら役人が天下りする先が税から逃れるための方便であるのです。
税を逃れることが、どんな商売よりも一番おいしい商売であることを、税徴収役人は知り尽くしているからです。
アメリカ最大の財閥が、NPOの元祖であるUNICEFをくぐり抜けさせて合法的に1セントたりとも税金を払っていない話や、国土計画という小さな法人をくぐり抜けさせることによって、相続税を殆ど支払わないで巨大な財産が代々引き継がれていった話などは、税徴収役人連中がつくりあげた脱税手法を真似ただけのことです。
旧約聖書の中でも、税徴収役人が一番嫌われる職業で、その職業に従事している連中がイエスを十字架に架けたと書かれています。
こういった汚れた人間の精神を浄化させてくれるのが宗教の本来性である筈なのに、そこにも宗教法人という化け物が入り込んで汚染しているのです。
真の人間社会とは如何なるものなのか、もう一度洗い直してみる必要があるのです。
真の共産主義と申しましたのは、イデオロギーの一つとしてのものではなく、個人として真の人間たるものが社会を構成する仕組みを言っているわけです。
西欧社会では旧約聖書が真の人間の生き方を教えてきましたが、それを逆手に取っている連中が世の中を支配している。
日本では聖徳太子がつくった十七条の憲法が、真の日本人の在り方を教えてきたのですが、それを逆手に取って支配してきたのが役人連中であります。
十七条憲法の中では、「和を以って貴し・・」、「仏教の教えを学べ・・」、「天皇の言うことを聞け・・」などが殊更強調されていますが、実は役人の在り方を戒めるのが最大の狙いであったのです。
「日本語が壊れていく」という本の中で、最初に十七条憲法を紹介したのも、現代日本が十七条憲法からあまりにも逸脱した国家になってしまったからであります。
「鬼神(十部作)」という小説の中で、日本人による、日本人のための、日本人の憲法を提案しましたが、その精神の支柱は十七条憲法と自然に対する畏怖の念からでありました。
このChapterを閉めるにあたって、十七条憲法の触りを紹介しておきます。


十七条憲法―4

「四に曰く
群卿百僚、礼を以って本とせよ。其れ民を治むるの本は、要 礼に在り。上なきときは 下斉(ととの)わず、下 礼なきときは、以って必ず罪有り。是を以って、君臣礼有れば、位次乱れず。百姓礼有れば、国家自ら治まる」

役人たちは、礼を根本にしなければならない。元来人民を治める根本は、必ず礼にある。もし上の者が、礼を重んじなかったならば、下の人民もこれにならって、社会の秩序が保たれない。民衆の間に礼がなかったならば、必ず罪悪が蔓延る。
それ故、君臣、つまり役人や上の者たちと民衆との間に礼が正しく行われておれば、下が上を軽蔑することもなく、従って世の中の秩序も正しく維持されるであろう。また人民の間にも礼が守られていれば、国家は自然に治まるものである。



十七条憲法―6

「六に曰く
悪を懲らし善を勧むるは、古(いにしえ)の良典なり。是を以って、人の善を匿(かく)すことなく、悪を見ては、必ず匡(ただ)せ。其れ諂(へつら)い詐(いつわ)るものは、則ち国家を覆すの利器たり。人民を絶つの鋒剣たり。また佞媚(ねいび)する者は、上に対しては、則ち好みて下の過ちを説き、下に逢いては、則ち上の失を誹謗す。其れかくの如き人は、みな君に忠なく、民に仁なし。是れ大乱の本なり」

悪を懲らしめ、善を勧める。すなわち勧善懲悪は、古来からの良い法則である。役人は人の良い行いを匿すことなく、悪を見つけたら、これを必ず糾明して、悪事を再発させないようにせねばならない。おべっかを使い、偽りを言うようなことは国家を覆すもので、人民を不幸な目に遭わせることになる。媚びへつらう者は、上に向かっては下の者の悪口を言い、下に向かっては、上の悪口を言うものである。こういう人間は、君に忠節の心がなく、また人民に対して仁愛の心を持たない者で、国家大乱のもとである。


十七条憲法―7

「七に曰く
人、各々任あり。掌(つかさど)ること宜しく濫(みだ)れざるべし。其れ賢哲官に任ずれば頌(しょう)音則ち起こり、奸者官を有(も)つときは、禍乱則ち繁し。世に生知(苦労せず自然に頭がきくこと)少(まれ)なれども、尅(よく)念(おも)えば聖と作(な)る。事 大小となく、人を得れば、必ず治まり、時急緩となく、賢に遭えば、自ら寛なり。此に因りて、国家永く久しくして、社稷(しゃしょく)危うきこと勿(な)し。故に古(いにしえ)の聖王は、官の為にして以って人を求め、人のために官を求めたまわざりき」

官吏というものには、それぞれの任務がある。これを乱してはならない。賢明な人が官に任ずれば、人民から礼賛が起こるし、反対に、奸邪な者が役職につけば、いろいろな禍や乱を生じる。世に生知(自然によくできる)の人は少ないが、よく考えて、立派にならねばならない。また事も大小となく、適所に適材を得たならば、必ず治まるものであり、また世の中が無事の時でも、非常の時でも、賢人が政治の衝に当たったならば、おだやかに治まる。これによって国家は永続し、世の中は安泰である。そうであるから、古の聖王は、官のために人材を求められたのであって、決して人のために官を求めはしなかったのである。
ここにある最後の言葉「故に古の聖王は、官の為にして以って人を求め、人のために官を求めたまわざりき」が非常に大切なことだと思うのです。
西郷隆盛の有名な言葉である、「人を相手にせず、天を相手にする」ことと同じ意味であります。


十七条憲法―11

「十一に曰く
明らかに功過を察し、賞罰必ず当(ただし)くせよ。日者(このごろ)、賞は功に在(お)いてせず、罰は罪に在(お)いてせず。事を執(と)るの群卿、宜しく賞罰を明らかにすべし」

功績や過ちを公明に調べて、それぞれ賞罰当を失わぬようにせよ。近頃功もないのに賞し、罪もないのに罰するようなことが行われている。当局者は賞罰を明らかにせよ。

千四百年の月日が過ぎても人の心は何ら変わらない感がします。
かえって人の心は貧しくさえなっているようにも思えてなりません。
聖徳太子は、当時最も偉い地位にいた人物であります。今でいえば天皇と総理大臣を兼ねた方であったわけです。
その方が、公正が大事であるにも拘らず、不公正がまかり通っておると市井を見透しておられる。


十七条憲法―12

「十二に曰く
国司・国造(くにのみやつこ)、百姓より斂(おさ)めること勿(なか)れ。国に二君非(な)く、民に両主無し。率土(そっと)の兆民、王を以って主となす。任ずるところの官司は、みなこれ王臣なり。何ぞ敢えて公の与(ため)に百姓を賦斂(ふれん)せむや」

地方官や地方祭祀は、勝手に人民から税をとりたててはならない。国家に二人の君主はなく、人民にとって二人の主人はいらない。日本中の人民は天を王とすべし。
任ずるところの役人はみな天の僕なり。国司や国造が公職にある身を以って私事のために徴税してはならない。

この条などは、さしずめ現代日本の世相を千四百年前に予見したかのような戒めであります。
不景気といっては公共事業のもと道路工事をしたり、不要な高速道路の改修工事をすることで、天下り役人のいる企業や公共団体が国民の血税を吸い上げる。これなどは典型的な国司・国造の百姓より斂(おさめ)させることであります。
以前、東京オリンピックの時に、東京の首都高速道路が建設され、150円の高速料金を徴収した。そのとき行政も政府も、道路工事費が償却された時点で、有料から無料にすると公表した。それから36年経った今、無料になるどころか、700円に跳ね上がっておる。東名・名神高速道路もそうでした。車の台数の増加からも料金の収入は莫大なものになっておるはずです。その金は一体どこへ消えていっているのか。日本道路公団とか、何々公社とかいう類の天下り機関に吸い込まれていっているのでしょう。
こういった、天下り機関の公団やら公社、それに加えて民間企業への天下りが、すべて国民の生活コストに跳ね返り、税金以外の名目で吸い上げられているのです。
税金以外の形で吸い上げられているお金は、一世帯あたり、年間30万円は下らないと思います。3000万世帯として約10兆円のお金がこういった天下り役人の懐に毎年入っておる訳です。天下りの役人が何人おるのか分かりませんが、今霞ヶ関の現役役人の数が約4万人だといわれています。この内天下りする役人が毎年約3000人いるそうです。そして大体5年から10年吸い上げ続ける。そういたしますと全体で3万人の吸い上げ役人がおることになる。一人あたり3400万円の吸い上げ金額であるわけです。
この金額は国民年間平均収入の約7倍で、大企業の社長並の額であります。
日本の一部上場企業の約10倍の3万社の大企業の社長を、国民が養っておることになるわけです。そして仕事はほとんど何もせず、退職時に数億の退職金をまた吸い上げる。これすべて日本国民の血税から賄われておるのです。
だから、一流帝国大学から高級官僚の道を必死になって歩もうとするのです。
ある意味で民間企業で出世するよりはるかに効率がいいわけです。
「何ぞ敢えて公の与(ため)に百姓を賦斂せむや」
太子の怒りの声が皆さんの耳に聞こえて来ないのでしょうか。


十七条憲法―13

「十三に曰く
諸(もろもろ)の官に任ずる者は、同じく職掌を知れ。或いは病し、或いは使して事に闕(か)くることあり。しかれども。知ることを得る日には、和すること嘗てより識(し)れるが如くせよ。其れ与(あずか)り聞くこと非(な)しというを以って、公務を妨ぐること勿(なか)れ」

諸役人は、同僚の仕事をもよく知りなさい。誰でも病気をしたり、使いに出されたりして、仕事の出来ないことがある。このような場合、同僚は頼まれたら、気持ちよく、前からの知り合いと同じように、手を貸さねばならない。自分は関係がないと言って、公務に支障をきたしてはならない。


十七条憲法―14

「十四に曰く 
群臣百僚、嫉妬あることなかれ。われ既に人を嫉まば、人また我を嫉まむ。嫉妬の患、その極みを知らず。所以に智、己に勝れば、則ち悦ばず、才、己に優れば、則ち嫉妬す。是を以って、五百歳の後、乃(すなわ)ち賢に遭わしむとも、千載にして以って、一聖を待つこと難し。其れ聖賢を得ざれば、何を以ってか国を治めむ」

役人というものは、人を嫉み妬む心があってはならない。自分が人を妬むと、人もまた我を妬むであろう。かような嫉妬心の弊害は、実にきりのないものであって、頭が自分より良ければ、おもしろくなく、才能が自分にまさっていれば、また妬む。賢人は五百歳に一人ということもあり、聖人は千年にして一人を得がたいということもある。しかしその優れた人物を得なければ、どうして国を治めることができようか。


平成十三年一月二十七日 「日本語が壊れていく」より