|
Chapter 311 Freeze your mind 数年前に、「心凍らせて」という歌謡曲がヒットしました。 わたしが、『今、ここ』を生きる方法論として、いつも心がけているのが、この心を凍らせるやり方であります。 “凍る”という言葉は日本語としては、“凍結する”といった意味なのですが、この歌謡曲の作詞家は心の問題に、“凍る”という言葉を採用しました。 英語では、“Freeze”というのが“凍る”という意味に当たりますが、この言葉は日常語として頻繁に使われます。 “Freeze!”とは“動くな!”、“止まれ!”いう意味なのです。 相手にピストルを突きつけて、“Freeze!or kill you!”と言うと、“動くな!殺すぞ!”ということなのです。 “Freeze your mind”とは、“心を凍らせなさい”つまり“心を動かさないように”という意味なのです。 わたしたちの住んでいる世界が、運動の光と音(喧騒)の全体宇宙(The Whole World)だから、わたしたちの心も動き続けているのであって、静止の暗闇と沈黙の絶対宇宙(The Absolute World)ならば、心も動かないのです。 全体宇宙も、もともとは絶対宇宙からビッグバンによって誕生したのですから、全体宇宙の故郷は絶対宇宙であって、もともとは静止の暗闇と沈黙が、わたしたちの故郷であるのです。 光が誕生したから、見るという行為もまた生まれた。 音が誕生したから、聞くという行為が生まれ、従って、喋るという行為も生まれた。 見るという行為と、聞くという行為をしなければ、まさに暗闇と沈黙の世界に入れるのです。 それは、光と音の本質が動くという点にあることを示唆していると言えるでしょう。 つまり、わたしたちが迷い、悩み、四苦八苦しているのは、みんな心が動いているからに外ならないわけです。 心が動いているとは、“考えごと”をしているということです。 普段わたしたちが考えていると思っているのは、“考えごと”ではなくて、“想い”であって、“想い”は動きません。 “想い”を感情と言ってもいいでしょう。 “考えごと”と“想い”の区分けができていないことが問題なのです。 “考えごと”をしていると、心が動きまわっているのです。 心を凍らせると、心の動きが止まり、“想い”に戻ります。 湧いてくるのは、“想い”であって、これを制御することは不可能ですが、“考えごと”を止めることは可能なのです。 心を凍らせればいいのです。 “考えごと”をしていると、運動の光と音(喧騒)の世界にいることになり、心はまさに喧騒の状態になるのです。 “想い”の状態にしていると、静止の暗闇と沈黙の世界にいることになり、心はまさに瞑想の状態になるのです。 では“想い”とは一体如何なるものなのか。 喜怒哀楽という感情こそ、“想い”に外なりません。 喜怒哀楽を“考えごと”の世界、つまり運動の世界に巻き込むから、憎しみ、妬み、嫉妬、願望、延いては欲望の渦に巻き込まれるのです。 “想い”は台風の目の中にいるのに対して、“考えごと”は台風の暴風雨圏にいるのです。 犬や猫も喜怒哀楽を持っていますが、彼らは“考えごと”をしないから、悩みがないのです。 彼らの心は“想い”であって、台風の目という常に静寂の中にいますから、悩みとは無縁なのです。 わたしたちの心は“考えごと”であって、台風の暴風雨圏という常に喧騒の中にいますから、悩むのは当然です。 “考えごと”を“想い”に戻すには、心を止める、つまり心を凍らせるしか方法はありません。 最近まれにみる映画と話題の、“The Last Samurai”の中で、主人公が剣の稽古をしていていて、“no mind”でなければ勝てないと若い侍に教えられる場面があります。 “no mind”こそが“Freeze your mind!”であり“Now and Here『今、ここ』”なのです。 剣の達人になることは、人生の達人になることに通じるのであって、その鍵は、“Freeze your mind”であり、『今、ここ』なのです。 |