Chapter 312 科学に基づく公正理論(I)

『今、ここ』を生きている生き物は、死という念を持っていません。
死という概念を持っているのはわたしたち人概間だけであります。
つまり諸行無常の一生でありながら、確かなことを一つだけ知っているわけです。
未来のことは一切予測不可能でありながら、死は必ずやってくることは予測できていることになります。
わたしたちが『今、ここ』を生き切ることが困難な理由は、死に対する概念を持っていることに関係があるのです。
未来のことが一切予測不可能であれば、『今、ここ』を生きるしかないわけですが、一つでも未来のことで確実なことがあると、つい他のことも予測可能と思ってしまい、未来に想いを馳せてしまうわけです。
「死ぬということを知った知的生き物・人間」
つまり知性の始まりとは、死という概念を持ったことに外ならないのです。
ではなぜ人間だけが、死という概念を持ったのでしょうか。
宿命、運命という言葉があります。
どういう意味かと申しますと、未来予測に対する想いの発露が、この言葉にこめられています。
一切予測不可能な未来の出来事に対して、死だけが確実であることがわかった人間は、死以外の出来事も予測できないものかと考えた結果、宿命とか運命とかいう概念を生み出したのでしょう。
だから命という文字を使ったと考えられます。
よくよく考えてみれば、限りない人間の欲望の原点が、ここにあることがわかってきます。
わたしたち人間には、本能的欲望以外に知的欲望(人為的欲望)があるということをお話しました。
この知的欲望(人為的欲望)の原点こそ、死の概念を持ったことに端を発するのです。
つまり知るということは、死を知ったことに外ならないわけで、それならもっと未来に起こることを知りたいという限りない欲望になって行ったわけで、知的欲望(人為的欲望)の原点がここにある。
それが宿命、運命という概念を生み、生命、寿命、使命といった言葉も生まれたのでしょう。
つまりすべて命に関わること、逆に言えば死に関わることが、未来予測の動機の発端になっておるわけです。
知的生き物であるわたしたち人間にしかない宗教も、結局の処、死という概念から端を発したことがわかってくるのであって、未知なる神に対する想いでは決してないのであります。
更に、科学というものも、この延長線上にあるのです。
従って、突き詰めてみると、科学とは死に関わる未来予測の手法であると考えてもいいわけです。
共産主義思想が唯物的であると言われ、現に宗教を麻薬だと切り捨てた理由も、この考え方がより科学的だと信じたからでありましょう。
そうしますと、資本主義とか共産主義とか言った考え方は、今までイデオロギーつまり形而上学的「考え方」だと考えられてきたけれど、実は形而下学的科学の進歩の過程であると捉える方が適切であると言えます。
形而上学的「考え方」と捉えるから、人それぞれの考えは個人の自由だとなり、それがイデオロギー延いては思想となっていったように思えてなりません。
共産主義の歩むべき道が誤っていたのは、共産主義という言葉にある。
主義だから、「考え方」となり思想となって形而上学の話になっていくわけです。
そうではなくて、よりよい人間社会を形成していく上での科学的手法としての共産理論であれば、やれ「左思想」だとか、「危険なアカ思想」などと忌み嫌われることにならなかったかも知れません。
形而上学といった訳のわからない言葉をつくった哲学者・宗教者の連中にも責任は大いにありますが、わたしたち一般の人間には、宗教・哲学という言葉だけで、アレルギー症状を出すものがおよそ半数いるのです。
犬を好む人間と、極端に嫌う人間が、必ずいるのと同じで、理由などない生理的な問題、つまり本能から発するものであるわけです。
ところが、1+1=2になるという問題では誰も異を唱えるものはいないのです。
何故ならそれは数学という科学だからと思っているからではないでしょうか。
21世紀には旧来の宗教は消滅すると申しましたのも、科学の更なる進歩が、今まで未知であったことを、1+1=2と同じように解き明かしてくれるからであります。
イデオロギーの共産主義思想ではなくて、物理学の相対性理論と同じように、社会学の公正理論として、21世紀に科学的に論証されて行くのではないでしょうか。
旧来の共産主義思想が間違っていたのは、私有財産を否定して、人間から希望、やる気を削いでしまった点にあります。
希望がなければ、人間はやる気、つまり努力をしません。
努力のない人生ほど、味気のない人生はありません。
努力した者が報われるためには、私有財産を認めるべきでした。
努力しない者が報われないのは、共産主義でも資本主義でも当然です。
ところが世襲、相続の考え方によって、努力しない者が報われてきたのが、イデオロギーを超えた人間社会であったのです。
問題は世襲、相続の考え方を、人間社会からなくすることです。
他の生き物の世界では、世襲、相続の考え方は一切ありません。
そうすれば、わたしたち人間だけが繰り返す戦争といった悲劇もなくなる時代がやってくるかも知れません。