Chapter 326 老いた子供たち

未来というイメージは明日でしょうか、明後日でしょうか、一ヶ月後でしょうか、それとも一年先でしょうか。
過去というイメージは昨日でしょうか、一昨日でしょうか、一ヶ月前でしょうか、それとも一年前でしょうか。
年齢と経験の違いによって、それぞれ個人差があります。
年齢を重ねる毎に未来に対するイメージは縮み、過去に対するイメージは伸びて行く反面、過去に対する執着は薄れていき、未来に対する執着が強くなっていきます。
それは過ぎ去った過去が長くなり、未だ来ぬ未来が短くなるのですから当然です。
そして、誕生(始点)に対する意識が希薄になり、死(終点)に対する意識が強くなっているからに外なりません。
また経験を多く積むと、先が読めるようになるから、未来特に近い未来に執着するようになります。
従って、年齢を重ねると、ますます近い未来に執着するようになる一方、過ぎ去った長い長い過去にも拘わるようになります。
一方、経験とは記憶の量−経験豊富、熟練と言った表現をするように−を増やすことに外ならないわけで、経験を多く積んでいる人はそれだけ記憶を多く蓄積していきます。
但し、記憶の量は経験の量だけで決まるのではなく、夢(理想・強い希望・願望)の量との総和であることを忘れてはいけません。
経験が記憶を増やすのに対して、夢は記憶を減少させます。
従って、一般的には年齢を重ねる毎に、経験が増加し、夢が減少していく傾向にあるので、総じて記憶の量も増加してゆく傾向になり、近い未来に対する執着が更に強くなっていくのです。
逆に、夢と希望に燃えている年齢の若い人たちは、遠い未来に対しての意識が強く、少ない過去に対する拘わりは極めて薄いのです。
若い人とは、10年先、20年先が未来であり、一日前、二日前が過去であるのです。
老いた人とは、一日先、二日先が未来であり、10年前、20年前が過去であるのです。
ところが、最近の若い人たちの未来に対する意識が短絡的になってきているのです。
つまり老成化現象が顕著になっている。
その原因は、記憶の総和が増加しているからです。
情報化時代に入って、年齢に伴う経験度も昔に比べて飛躍的に伸びていることもありますが、夢の減少が一番の原因ではないかと考えられます。
医学の進歩で人間の平均寿命はますます延びている一方、年齢に伴う老成化現象がどんどん速くなっている。
これは何を意味しているでしょうか。
人生とは四苦八苦。
これは二千数百年前のお釈迦さんの言葉であります。
平均寿命も老成化現象も、当時と比べものにならない現代社会は、さしずめ人生四十苦八十苦と言ってもいいのではないでしょうか。
最近の老成化した子供たちを見るにつけて、暗澹たる気持ちになるのはわたしだけでしょうか。
3才か4才で、やれ3年保育や2年保育と言って、親から無理やり社会人になることを押しつけられる子供たちですから、老成化するのは当然と言えば当然でしょう。
20才になってはじめて成人と言われる慣習は変わりないのに、実質的には2才や3才で成人になる現代社会であります。
高齢化社会と少子化社会が、これからの日本が抱えた問題であります。
2050年には、日本の人口が6千万人に半減します。
2025年には、65才以上の高齢者人口が6千万人になります。
年齢の概念を根本的に考え直すべき時期がやってきています。
実際の年齢に肉体的および精神的年齢を付加した、総合年齢といった概念をつくり、日本丸の舵取りをしていくのが21世紀に求められる政治家・役人ではないでしょうか。
パラダイム変化は確実に起こっているようです。