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Chapter 329 国の在り方 生老病死の四苦は突き詰めてみれば老いる苦しみとも言えるでしょう。 年齢を重ねれば重ねるほど肉体は陳腐化して行き、活き活きした生は難しくなる、病気にも掛かりやすくなる、死も近づいてくるわけですから、老いるとはまさしく生老病死の四苦そのものであります。 女性の場合は、それに加えて醜くなるという苦しみもあって五苦になる。 その原因は、記憶の総量がどんどん増えていくことにあり、記憶の総量は経験の量と夢の量の総和であるとChapter326でお話しました。 更に、経験の量が増えると記憶の量も増えるが、夢の量が増えると逆に記憶の量が減る、とも申しました。 「夢はできるだけ大きいほど良い」 昔から言われてきた真理です。 老いるということは、使用済みの再使用不可能なエネルギーであるエントロピーが増加することと考えるとわかり易いのではないでしょうか。 つまり悩みが多い人は、それだけエントロピーが増加しているわけで、エントロピーが増加するということは、記憶が増加することに外ならないわけで、その原因は経験を多く積むか、夢が減少しているかどちらかに因るものだと考えられます。 年齢を重ねると経験が増えることは、心理的な時間の矢である、過去から現在を通過して未来にしか流れない時間である限り、つまり水平的な生き方を続ける限り、若しくは宇宙そのものが膨張から収縮に反転する時期がやって来ない限り、避けることはできません。 それなら夢を増やすしか記憶の量を減らすことはできないわけで、悩みを減らしたいなら、夢を増やすしか道はないと言えます。 ところが老いれば老いるほど夢はどんどん減ってゆくのですから、悩みはますます増えて行き、詰まるところ生老病死の四苦に翻弄されるわけです。 この悪循環を断ち切るには、夢を増やすこと、少なくとも夢を減少させないことが、非常に大切になってきます。 自己の使命を認識することが極めて大事であるのは、老若男女に関わらず使命を認識することこそが、夢を膨らませる要因であるからです。 老若男女に関わらず、使命を認識している人は活き活きと生きています。 それは生きる真の目的を持っているからに外なりません。 肉体的に若いということと、精神的に若いということは全く別ものであります。 真に若いということは、肉体的にも精神的にも若いことを意味するのであって、単に肉体的に若いだけでは、真に若いとは言えません。 逆に言えば、人間の場合、精神と肉体のバランスを崩さなければ120才まで生きることができるのです。 60才を還暦として祝うのは、人生の折り返し点を通過したことに対するお祝いであることを知らなければなりません。 では結局、若いとはどうことかと言いますと、精神的若さを言うのです。 10才であろうが、20才であろうが、30才であろうが、40才であろうが、50才であろうが、60才であろうが、120才から見ればまだまだ若輩であるのです。 それなら精神的な若さが決定的要因になるのです。 結局の処、若さとは精神的な若さであり、精神的な若さとは夢の多い人であり、夢の多い(大きい)人とは使命を認識して生きている人であるわけで、老若男女関係ないのであります。 2050年には日本の人口は6千万人に半減します。 2025年には65才以上の高齢者が6千万人に達します。 肉体的な老若男女に拘わっていては、日本総国民悩みだらけに陥ってしまいかねません。 わたしたちひとりひとりの考え方も、日本の国そのものの考え方も、抜本的に見直す時期が刻一刻と迫って来ていることを認識するべきだと考えます。 |