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Chapter 330 尊敬される国民たれ(I) 明治22年に制定された大日本帝国憲法の第一章では、万世一系の天皇が大日本帝国を統治するとして、更に十七条までの天皇の大権つまり国政の大権と軍の統帥権が述べられています。 しかし軍の統帥権については、その中の十一条と十二条で天皇は陸海軍を統帥することと、編成・軍事予算を裁定する大権しか明記されておらず、軍全体を統括する大元帥としての役割が詳しく述べられていません。 大日本帝国憲法が成立する前までは、軍官僚によって統帥権が握られていたからですが、それは明治10年に起きた西郷隆盛の西南戦争の際の官軍の参謀総長だった山形有朋が、征討軍総督であった明治天皇にいちいちお伺いを立てていては、天皇お気に入りの西郷さんを討ち破れないとの判断で、統帥権については実質軍部の大権としていたからです。 そして昭和天皇が猛反対された太平洋戦争は、天皇の国政においての大権をも侵犯した軍官僚によって為されたのです。 西園寺公望が軍官僚の脅迫に屈して、「天皇は君臨すれど統治せず」の日本国の長い歴史における慣習を以って、内閣が一致した裁決には天皇は口出ししてはならないと諌言するわけです。 昭和天皇はそれ以来、国政においても一切口出ししなくなり、その結果日本は国家元帥が反対するにも拘らず太平洋戦争に突入して、挙げ句の果てには唯一の原爆被災国となるのです。 そしてそれを推進した軍官僚たちは、敗戦後もぬくぬくと生き残り、官僚独裁支配を維持してきたのが、この国の実態であるのです。 戦前は軍内務官僚によって、戦後は大蔵官僚によって支配されてきた日本という国は、天皇を祭りあげて、その裏で自分たちが甘い汁を吸うという官僚支配国家であるのです。 聖徳太子は十七条憲法で、政治家・役人そして民の在り方を説きました。 その第四条です。 「群卿百僚、礼を以って本とせよ。其れ民を治むるの本は、要 礼にあり。上 礼なきときは、下 斉(ととのわ)ず、下 礼なきときは、以って必ず罪有り。是を以って、君臣礼有れば、位次乱れず。百姓礼有れば、国家自ら治まる」 役人たちは、礼を根本にしなければならない。元来人民を治める根本は、必ず礼にある。もし上の者が、礼を重んじなかったならば、下の人民もこれにならって、社会の秩序が保たれない。民衆の間に礼がなかったならば、必ず罪悪が蔓延する。それ故、君臣、つまり役人や上の者たちと民衆との間に礼が正しく行われておれば、下が上を軽蔑することもなく、従って世の中の秩序も正しく維持される。また人民の間にも礼が守られていれば、国家は自然に治まるものである。 「日本語が壊れていく」でも最初に、聖徳太子の十七条憲法のすべてを紹介しました。 「鬼神(十部作)」で新しい日本国憲法の提案をした際も、聖徳太子の十七条憲法を基本にしました。 国の在り方を決めるのは、わたしたち国民であり、その国民が政治家や役人から馬鹿扱いされているようでは、聖徳太子が言われているように国は治まりません。 尊敬する政治家や役人を求める前に、先ず政治家や役人から尊敬される国民たるべきではないでしょうか。 |