Chapter 335 真の医術

病気の原因である病原菌を目の敵にしているわたしたちですが、彼らもわたしたちと同じ生き物です。
エイズウィルスも癌細胞も、わたしたちと同じ生き物です。
ライオンとシマウマと草木は食物連鎖の一環であって、それぞれお互いに必要欠くべからざる存在であるのと同じように、病原菌も食物連鎖の一環の存在であってそれなりの存在価値があるから存在しているのです。
シマウマはライオンを悪魔の存在と思っているでしょうか。
それなら草木を食い荒らすシマウマは、草木にとって悪魔の存在である筈ですが、草木はそうは思っていないように見える。
草木にとってはシマウマの存在など眼中にないように思えてなりません。
しかしシマウマにとって草木は重要な食物ですから、無視はできません。
ライオンにとってシマウマは重要な食物ですから、無視はできません。
食物連鎖の法則からみれば、草木にとってライオンやシマウマの屍は重要な食物ですから、無視はできない筈です。
では草木は、ライオンやシマウマを意識しているのでしょうか。
そうは思えません。
ライオンもシマウマも草木も、食物連鎖の環の中の一通過点に過ぎない存在、つまり食物連鎖という法則が全体であって、ライオン・シマウマ・草木という実在するものは一部分であるわけです。
一部分には一部分の意識があっても、全体の意識がない。
法則といった概念が全体であり、物質−想いも含めてエネルギーを有する波動体−のように実在するものが部分でしか在り得ないわけですが、これは非常に重要な真理であります。
シマウマにとってライオンは天使でもないが悪魔でもないのです。
草木にとってシマウマは天使でもないが悪魔でもないのです。
ライオンにとって草木は天使でもないが悪魔でもないのです。
人間にとって病原菌は天使でもないが悪魔でもないのです。
これが全体の意識の基本であります。
全体の意識こそ愛であり慈悲であると言っていいでしょう。
従って、エイズウィルスも癌細胞も愛であり慈悲であるのです。
わたしたち人間が病気になって死ぬのも、食物連鎖の一環であることを忘れてはいけません。
病原体が身体に侵入するを以って病気と診断するのではなくて、発病するを以って病気とするのが自然の摂理に適っているのです。
ライオンがシマウマを食べ、シマウマが草木を食べ、草木がライオンやシマウマを食べるのと同じように、病原菌がわたしたち人間を食べているのを以って病気と判断してはいけないのです。
お互いの身体の中に侵入するということは、食物連鎖の一環として機能していることに外ならないのです。
死ぬという出来事は、別の次元の話であります。
病気に因って死ぬことは事実ですが、それは発病したことに外ならないのであって、厳密に言えば、病原体が身体に侵入するということは食べる食べられる食物連鎖の一環であるのに対し、発病こそが死に繋がる出来事であるのです。
従って、病気とは発病を以って病気になったと診断されるべきです。
病原菌が身体に侵入するということは、わたしたちが毎日食事をするのと同じ出来事なのです。
それを発病もしていないのに病院にわざわざ行って検査をし、病原菌が侵入していることを発見し、それを除去するのは、食物連鎖の一環行為を邪魔することに外ならないのです。
風邪のウィルスはしょっちゅうわたしたちの身体の中で住んでいるのですが、発病するのは過度の睡眠不足や疲労が原因であるわけで、ウィルスはそのきっかけをつくっているだけです。
病原体を排除するということは、病原菌の駆除ではなくて、常に自然の治癒力を発揮させる状態に自分の身体を維持することで、発病させないようにすることだと言っていいでしょう。
医術とは、まさに自然治癒力を如何に発揮するかの方法論であるのです。
自然治癒力を発揮する生き方をするのが病気にならない、つまり発病させない基本です。
それはわたしたちひとりひとりの心構え次第であって、医者次第ではないのです。
そういう点において、検査に依存する現代医学は自然治癒力を発揮させる医術ではなくて、自然治癒力を剥ぎとる呪術であると言わざるを得ません。