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Chapter 337 祝一年記念 右に傾けば、少し左に向く。 左に傾けば、少し右に向く。 平成15年2月9日に書き始めた、「夢の中の眠り」も丸一年が経ちました。 毎日一章のペースで書き綴ってきましたから、本来ならChapter365になっている筈ですが、Chapter337ですから28Chapter分の誤差が生じているわけです。 人間は、宇宙の法則からみればまだまだ杜撰な機械です。 今年のはじめから同時平行して、小説「夢の中の眠り」を書き始めましたのは、冒頭に書いたことと関係があるのです。 「心の旅の案内書」は実にバランスのよくとれた作品でした。 「神の自叙伝」は、少し形而下学的に傾きかけた作品でした。 「神はすぐ傍」は、相当形而下学的に傾きかけた作品でした。 「夢の中の眠り」は、更に形而下学的に傾いている作品です。 このあたりで、少しバランスをとって置かないと偏ってしまってよくないと思って書きはじめたのが、(小説)「夢の中の眠り」であります。 従って、(小説)「夢の中の眠り」は極めて形而上学的作風になっているのです。 平たく言えば、精神分裂気味であり、正常な精神ではおよそ書けない小説になっているのですが、まさに右に傾けば、左に向くことでバランスを取っているわけです。 わたしたちは、人生の3分の2である、目が醒めている間だけを生きていて、残り3分の1である、眠っている間を生きていないようです。 眠りの中で観る夢は、(小説)「夢の中の眠り」の展開そのものであります。 目が醒めている間では、考えられない程矛盾に満ちた話が夢の中では展開されているのですが、それを単に夢だと片付けてしまっているわたしたち。 しかし、人生の3分の1は眠っているのですから、その中で展開されている話も自分の人生の重要な部分なのです。 どちらの人生が正常か異常かを判定することが出来るでしょうか。 両方共自分の人生であることは確かです。 目が醒めている間が正常なら、眠って夢を観ている間は異常でもいいと思っているのでしょう。 しかし目が醒めている間でも、わたしたちは異常であり続けていることに気づいたことはないでしょうか。 目が醒めている間でも、わたしたちは殆ど考えごとをして生きていて、その考えごとをよくよく振り返ってみると、まさに(小説)「夢の中の眠り」の話そのものであるのです。 そうしますと、寝ても醒めても四六時中殆どの人生が、(小説)「夢の中の眠り」の展開と同じであることがわかってきます。 そんな自分を微かに感じ取っているわたしたちであるから、「夢の中の眠り」で展開されている理路整然(?)とした話を受け入れることもできるわけです。 そこで、数学・物理学・天文学の話を展開すると、またまた訳がわからなくなるのでしょうが、これもまたバランス作業に外なりません。 「よし、これで決まりだ!」 わたしたち人間の一番悪い癖です。 それを木っ端微塵にするのが、「夢の中の眠り」と(小説)「夢の中の眠り」というふたつの作品の最大の狙いであると言っていいでしょう。 一年を経過しても書き続けることが出来ている中での一過程として、著者の意図を少し披露させて頂きました。 |