Chapter 338 四楽八楽の世界

わたしたち人間の身体には自然治癒力なるものが具わっているということは、健全な精神と肉体が本来在るべき姿であるという証左でもあります。
従って、人生における悩みやそれに伴う四苦八苦は、健全な精神には無縁のものであることを先ず知ることが大切です。
しかし、わたしたちは必ず死にます。
健全な精神と肉体を維持するなら、不滅の身体であってもよい筈です。
では何故わたしたちは死ぬのでしょうか。
わたしたちが住んでいる宇宙は運動の光と音(喧騒)という、果ての有る有限世界ですが、その向こう側には静止の暗闇と沈黙という、果てのない無限世界が拡がっていて、このふたつの世界がちょうど一枚のコインを成して、ぐるぐる回っていると考えられます。
そしてこのコインがまた無数に存在している。
あるコインから見れば、他のコインの表(おもて)面つまり運動の光と音(喧騒)の世界が見えるが、別のコインから見れば、そのコインの裏面つまり静止の暗闇と沈黙の世界が見えるといった具合です。
わたしたち銀河系星雲の太陽系惑星群のひとつである地球から、アンドロメダ星雲は渦巻のように見え、白鳥座星雲はUFOのように見えるけれど、両方ともコインがぐるぐる回っているだけで、見る側の位置によって姿が変化しているだけなのです。
逆に言えば、アンドロメダ星雲からは、わたしたち銀河系星雲の運動の光と音(喧騒)というコインの表(おもて)面の世界が見えるが、白鳥座星雲からは、静止の暗闇と沈黙というコインの裏面の世界が見えているのです。
つまり見る側によって、正物質の宇宙と反物質の宇宙のどちらかが見えているだけで、見られる側は常に一枚のコインなのです。
死とはコインの裏面である静止の暗闇と沈黙の世界であり、生とはコインの表(おもて)面である運動の光と音(喧騒)の世界であるわけで、一枚のコインであることには変わりないのです。
コインの表(おもて)面を見るなら、裏面は見えない。
コインの裏面を見るなら、表(おもて)面は見えない。
生と死の関係は、コインの表(おもて)面と裏面の関係に外ならないのです。
生があるから死が必ずある。
死があるから生が必ずある。
死を知らない動物は生も知らない。
死を知った人間は生も知った。
人生における四苦八苦は生きている意識がある故の現象なのですが、それはコインの一面であり、もう一方の面には四苦八苦が四楽八楽に見える反物質の世界が潜んでいて、それは死によってもたらされるのです。
死のない不滅の身体では、四楽八楽の世界を垣間見ることが出来ない上に、結局の処、四苦八苦もまた楽しいという境地にもならないわけです。
生死とは宇宙の法則性のことであり、病気とは宇宙の法則性のひとつであるエントロピーの概念に過ぎないことを理解すれば、エントロピーの極大化という発病にまで発展させなくて済むのです。
そうすれば、生も死も、四苦八苦から四楽八楽の世界に変身するのです。
暗い鉛のコインなのか、黄金色に輝くコインなのか。
それは、わたしたちひとりひとりの観点によって決まるのです。