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Chapter 339 次元の低い夢の無い人生 四苦八苦の人生か、四楽八楽の人生か。 それはわたしたちひとりひとりの観点によって決まる。 自分独りしか実在しない世界で生きていて、他人や他の物質はすべて映像に過ぎないと一貫して申してきましたのは、わたしたちの世界観とは、まさに「観」であって、観ることから発生する想いであるからです。 世界観こそが、わたしたちが観じている他人や他のすべての物質に外なりません。 わたしたちが、自分以外のものを感じるのは、見る行為を中心にした五感、つまり視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚に依る感覚です。 五感全体では世界感といい、視覚では世界観というのです。 しかし、わたしたちの世界観は世界感ではなくて世界観です。 つまり見て観じているだけです。 「神はすぐ傍」Part(III)【時間からのメッセージ】Message41“あなたの世界は何次元?”で、時間がわたしたち人間にメッセージを送っているのですが、その中で見る、聞く、匂う、味わう、肌で感じる、いわゆる五感の対象物の次元について語っています。 わたしたち人間は、見る生き物であり、生命エネルギーつまり宇宙に遍在する唯一の波動エネルギーによって生きているのですが、その生命エネルギーの殆どを見る行為に使用している生き物なのです。 わたしたちがペットとして飼っている犬は、匂う行為に彼らの生命エネルギーの大半を使用して生きています。 わたしたち人間は見る行為に大半の生命エネルギーを使用しているから、夢を観るのですが、犬たち匂う行為に大半の生命エネルギーを使用しているものたちは、夢を匂っているのです。 わたしたち見る行為の人間でも、生まれつき目の見えない人たちは夢を観ることができるでしょうか。 彼らは、見る行為に生命エネルギーを使用できない為に、聴覚に生命エネルギーの大半を使用して生きているのです。 従って、彼らの夢は観る夢ではなくて、聞く夢なのです。 圧倒的に視覚に頼って生きているわたしたち人間。 視覚の対象物は2次元波動像と3次元波動像。 聴覚の対象物は2次元波動音。 嗅覚の対象物は3次元波動臭。 味覚の対象物は3次元波動味。 触覚の対象物は3次元波動体。 つまり、見る行為と聞く行為に大半のエネルギーを使用している、わたしたち人間の世界観が世界感ではなくて世界観である所以がここにあるのです。 嗅覚で生きている犬たちの世界感は3次元波動臭の世界感であるのに対し、視覚・聴覚で生きているわたしたち人間の世界観は2次元波動像と音の世界観であるのです。 もちろん3次元波動像もあるのですが、それは人生劇場にある唯一自分独りだけの座席に座っている、本当の「わたし」が観る実舞台です。 わたしたちの人生劇場は3階、4階、5階から成る劇場で、3階から観る舞台、5階から観る舞台は、夢を映写している背景画面しか見えません。つまり眠っている間は5階から、目が醒めている間は3階から、背景画面の夢を観て生きているわけです。 しかしその間に4階という観客席があって、そこから舞台を見ると2次元波動像の背景画面だけではなくて、3次元波動像の実舞台が見えるのですが、残念ながら、わたしたちは3階と5階を毎日往復する人生を送っているのですから、2次元波動像(映像)が映写されている背景画面しか見えないのです。 そして2次元波動像(映像)の中では、自分は出演していないのに、恰も出演しているかの如く錯覚している、複数の「私」が、唯一の本当の「わたし」と勘違いしているのです。 わたしたち以外のすべての存在は、3次元世界を感じて生きているのに対し、わたしたち人間だけが、2次元世界を観じて、聞いて生きているのです。 一体どちらが次元の低い生き方をしているのでしょうか。 低い次元で生きているから四苦八苦するのです。 高い次元で生きている犬たちは四楽八楽しているのです。 万物の霊長なら3次元世界若しくは4次元世界若しくは5次元世界で生きている筈です。 少なくとも、毎日4階に立ち寄って、3次元の実舞台で演じられている3次元波動像を観る人生を送ることが肝要です。 しかし、わたしたちは、3階と5階を往復している人生すら送っていないで−実際には送っているのですが−3階だけで生きていると勘違いしている実に愚かな生き物なのです。 先ずは、眠っている3分の1の人生にも焦点を合わせる生き方から始めるしかないのです。 その中心を構成しているのが夢の人生なのです。 |