Chapter 340 視覚だけの狭い世界観

アロマセラピー(Aromatherapy)とは、Aroma(香料)を用いた芳香療法のことで、心理療法のひとつですが、人間が普段あまり使用しない嗅覚を敏感にさせることで、大半の生命エネルギーを視覚に使っている人間の世界観を変えることができるのです。
シネラマという疑似3次元映画なるものが流行した頃(1960年代)に、アロマラマ−現在ではスメロビジョン(Smellovision)、セントビジョン(Scentovision)などと呼ばれている−という匂いの出る映画が既にありました。
観客席の肘掛け裏に噴霧管が装着されていて、そこから映画の景色に合わせた匂いが出る仕掛けになっているのです。
映像、音、匂い。
つまり人間が持つ五感の中の視覚・聴覚・嗅覚まで実現させた映画なのです。
更に、味覚・触覚も実現できる映画が実現できれば、わたしたちが生きている世界が映像であることが実感できるわけです。
携帯電話がいずれはテレビ電話になるでしょうから、聴覚だけの電話から視覚が加わる。
更にテレビもデジタル放送になって、従来の一方通行の放送から双方向の放送が可能になり、その延長線上に味覚・触覚を実現する3次元テレビが登場してくるのも真近いことでしょう。
そうしますと、わたくしが一貫して申してきました、自分が生きている世界には、自分独りしか実在しておらず、他人やまわりの景色はすべて映像であるということが実感できるようになるでしょう。
しかしテレビや映画で実現されなくても、現に今、わたしたちが生きている世界が、自分独りだけの人生劇場であり、その劇場は3階、4階、5階から成っていて、一つだけの座席が各階にあって、そこで自分の人生が展開されている舞台を鑑賞している観察者としての本当の「わたし」がいることに気づくでしょう。
普段わたしたちが自分だと思っている「私」は観察者ではなくて、実体のないつまり虚像の観察物(被観察者)なのです。
舞台の背景画面に映っている映像は実在はしないが実像(実際の映像)です。
しかし、「私」は恰も出演しているように思っているが、実際には映像の中には一切映っていない飽くまで想像の産物である虚像(イメージ)なのです。
観客席から背景画面という映像を観ている「わたし」の身体の一部−つまり手足などが−背景画面とラップしているのを以って同じ画面だと錯覚しているのです。
飽くまで観察者(鑑賞者)であることに気づくことがなかなかできないでいるわたしたち人間。
この錯覚が四苦八苦の人生の原因であるのです。
人間の視覚の視界角度はおよそ180度(片方向)です。
鳥の視界角度は360度(全方向)です。
聴覚の聴界角度は360度(全方向)です。
嗅覚の嗅界角度は360度(全方向)です。
更に視覚距離、聴覚距離、嗅覚距離も加味されますと、視覚が殆ど中心のわたしたち人間の世界観が、世界感の中の極めて狭い世界感であることがわかってきます。
阪神大震災の発生を事前に他の生き物は察知していた事実が、視覚だけで生きてきたわたしたち人間の世界観と、彼らの世界感の違いを物語っています。
同じ世界に生きているなら、わたしたち人間も彼らと同じように察知できていた筈です。
五感の働きの違いで、人生劇場の舞台が変わることを証明しているのです。
それでも、愚かなわたしたちは相も変わらず、自分と他とが同じ世界に生きていると勘違いして生き、そして四苦八苦しているのです。
夢が、わたしたちの狭い世界観を表現しているのですが、映像や音だけではなく匂いや、味、タッチも経験できる夢を観るためには、目が醒めている所謂現実の世界でも視覚・聴覚だけではなく、嗅覚・味覚・触覚も機能させた人生を送ることが大切です。