|
Chapter 342 バランスこそ四楽八楽 人間はどうして、自然から遊離した生き方をしているのでしょう。 他の生き物はすべて自然と一体になって生きているのに、人間だけが自然と遊離して生きている結果、四苦八苦しているのです。 自然と一体になって生きるということは、自然と調和する、つまり自然の波長に同調する生き方をするということに外なりません。 テレビを見るのに、チャンネルを合わせる。 ラジオを聞くのに、周波数を合わせる。 これみんな波長を合わせることに外なりません。 波長が合わなくなると、雑然とした画面や雑音で、放送を発信する側の想いを受信できなくなります。 自然と波長が合わなくなると、自然が発信する想いを受信できなくなり、雑然とした状態になる。 この状態が、病気(発病)や悩みという、四苦八苦の状態なのであります。 四苦である生老病死。 八苦の更に四苦である、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦。 これすべて自然と遊離した生き方の結果である、雑然とした画面、雑音に外ならないのであります。 自然と一体になれるように、周波数を合わせることが、四苦八苦を四楽八楽にする唯一の道なのです。 生きる楽しさとはどんなことか。 老いる楽しさとはどんなことか。 病気になる楽しさとはどんなことか。 死ぬ楽しさとはどんなことか。 愛別離楽つまり愛する人と別れることの楽しさとはどんなことか。 怨憎会楽つまり怨み憎む人と会う楽しさとはどんなことか。 求不得楽つまり求めるものを得られない楽しさとはどんなことか。 五蘊盛楽つまり五感から発生する色受想行識といういろいろな想いに振り回される楽しさとはどんなことか。 四苦八苦とは、波長の合わない雑然とした世界。 四楽八楽とは、波長の合った整然とした世界。 四つの因果や、八つの因果に良い悪いという苦楽はないのです。 自然と波長を合わせるか、合わせないか。 その前に自然の波をよく知らなければ合わせることができません。 自然の波とは、波そのものであるだけです。 波そのものとは、山と谷で一対になっていることで、ある大きさの山が出現すれば次には必ず同じ大きさの谷で以って相殺するのが波の波たる所以であるのです。 つまり、波とは振り子の動きそのものであると言っていいでしょう。 右に傾けば左に向かうことでバランスを取り、左に傾けば右に向かうことでバランスを取る振り子の動きが、まさに自然の想いと言ったらいいでしょう。 極端に右に傾く想いが起こったら、左に向かうことでバランスを取る。 極端に左に傾く想いが起こったら、右に向かうことでバランスを取る。 これこそが自然の波そのものであります。 宇宙に存在するすべてのものが、この法則に従っているのに、人間だけが逆らっているから四苦八苦しておるのです。 “あなたは阿呆だ!”と言われた他人に怒るあなた。 “あなたは賢い!”と言われた他人に喜ぶあなた。 そんなあなたを続ける限り、四苦八苦の地獄の口が待ち受けているのです。 “あなたは阿呆だ!”と言われて自省するあなた。 “あなたは賢い!”と言われて自省するあなた。 そんなあなたを続ける限り、四楽八楽の天国の口が待ち受けているのです。 自省こそバランスを取る作業に外ならないのであって、自然の波に同調することなのです。 自省を促してやることが、他人に対してできる唯一の慈悲であるのです。 自分と他人。 自とは唯一実在するもの。 他とは唯の映像に過ぎないもの。 この真理を逃してはなりません。 |