Chapter 401 ゼロからの出直し(1)

人生80年と言っても、起きている人生は3分の2であるおよそ50年であり、残りの3分の1は寝ている人生を送っているわたしたちであります。
しかも、寝ている人生は、起きている人生に対し副次的なものだと捉えてきた嫌いがある。
飽くまで、起きている人生を如何に充実したものにするか、そのための寝ている人生であったようです。
しかし、肉体と意識を以って自己のIdentityとする、すべての存在するものにとっては、肉体と意識は年中無休であることが、その本質であるのです。
地球にしても、月にしても、太陽にしても、休んでいることはありません。
わたしたちの肉体も、一刻たりとも休んではいません。
一方、寝るということは、起きているための副次的要素であるけれど、絶対必要な要素でもあると、わたしたちは信じてきました。
ここに、自己矛盾の萌芽が既にあったわけです。
絶対必要な要素であれば、それは副次的なものではなく、対等的でなければなりません。
副次的要素であれば、それは絶対必要な要素では有り得ません。
わたしは、子供の頃からこの自己矛盾を感じていたのです。
『何故夜になったら寝なければならないのか?』
子供なら一回はそう疑問に思ったことがある筈です。
母親から、眠たくもないのに時間がやって来ると、「はい、おねんねの時間ですよ!」と言われて無理やり寝させられる経験がある。
寝たくなれば寝ればいい。
起きたければ起きたらいい。
お腹が空いたら食べればいい。
お腹が空いていなければ食べなくていい。
こんな人生を、わたしたちは送ったこともない。
夜になれば寝なくてはならない。
朝になれば起きなくてはならない。
朝・昼・晩、食事の時間がやって来たら、お腹が空いていなくても食べなければならない。
冒頭で申しましたように、肉体と意識を以って自己のIdentityとする、すべての存在するもののひとつである、わたしたち人間なのに、肉体と意識の要求に反する行為ばかりをして生きて来たのです。
これこそ自己矛盾の人生の何者でもありません。
自己矛盾の人生を基礎にして、いくら立派な人生観を構築しても、それこそ砂上の楼閣であります。
この世的成功をした人に限って、人生の晩年において、自己の人生が脆くも崩れていく様を見なければならない原因がここにあるのです。
この世的成功とは、所詮砂上の楼閣の上に構築された成功であったからです。
自己のIdentityである肉体と意識に対して、自己矛盾しない生き方を通しての成功でなければなりません。
自然界は、自己矛盾しないことを以って法則としているのですが、人間社会だけは、自分たちが勝手に決めた戒めとか、法律とか、倫理観とか、道徳観とかで縛ってしまい、自己矛盾から目を背けてきたように思えてなりません。
自然界に戻るべきだとは今更思いませんが、自己のIdentityそのものである、肉体と意識に反するような自己矛盾だけは避けねばなりません。
そのためには、肉体と意識について、もっと詳しく知る必要があります。
Chapter400まで、肉体と意識の眠りと覚醒について論述してきたわけですが、わたしたちは重大な勘違いをしていたようであります。
3分の2の起きている人生と3分の1の寝ている人生という言い方と、3分の2の目が醒めている人生と3分の1の眠っている人生という言い方を一緒だと思ってきたようであります。
自分の人生は自分独りだけの独自のものであり、そこには二重構造など有り得ないのです。
自分の人生は唯一無二のユニークなものです。
3分の2と、3分の1に分けられるような人生は、人生ではありません。
起きている人生と寝ている人生を区分けするような人生はありません。
寝ても起きても一貫した人生であるべきです。
自分の自分たる所以である肉体と意識が、起きているということ、寝ているということ、醒めているということ、眠っているということ、をよく知るべきです。
もう一度ゼロから出直す必要があるようです。