Chapter 410 ON/OFFの正体

一日における「普段の運動」と「激しい運動」の切り替え、つまりスィッチのON/OFFは夜眠りに就く瞬間(とき)と、朝目が醒める瞬間(とき)だと、わたしたちは思っています。
朝目が醒めた瞬間(とき)に、夢の世界から所謂現実の世界へ切り替わっていることを、わたしたちは認識できています。
夜眠りに就く瞬間(とき)に、所謂現実の世界から即夢の世界に切り替われば、認識できるのでしょうが、その間に熟睡があるから認識できないのです。
つまり夢物語が断続的であるのは、朝目が醒めた瞬間(とき)ではなくて、その夜眠りに就くことで、記憶が断絶する熟睡が邪魔をしているからに外なりません。
では昼間の所謂現実物語は連続的であると言えるでしょうか。
やはり夜眠りに就く瞬間(とき)に、断ち切られているわけです。
即ち、「普段の運動」を連続的にするのが生きている本質であるのだけれど、何か不測の事態があると、「激しい運動」」に切り替えることによって断続的にして、その間に小休止を採っている。
それが熟睡であると考えられるわけです。
「普段の運動」と「激しい運動」という区分けは、「強い力」と「弱い力」との区分けが、強い弱いではないのと同質であることを忘れないでください。
従って、スィッチのON/OFFは本来不要であるのです。
つまり夢と所謂現実との間には境界はないと言えるのです。
熟睡との間に境界があるのです。
不測の事態が発生していなければ、一日の寝る・起きる−厳密には、眠り・醒める−という切り替え作業は要らないのです。
そうすると、夢と所謂現実の切り替え作業もなくなり、一日中、夢物語の連続版を観ることができるのです。
夜眠りに就く瞬間(とき)が鍵であることがわかってきます。
朝目が醒める瞬間(とき)は結果であって、夜眠りに就く瞬間(とき)が原因であったわけです。
そうしますと、原因から結果に切り替わる時期がある筈です。
一日における「普段の運動」と「激しい運動」のON/OFFの切り替え時期が、夜眠りに就く瞬間(とき)と、朝目が醒める瞬間(とき)であると、わたしたちは思ってきました。
それは一日を断続的なものとする不測の事態の場合だけであって、一日を「普段の運動」だけの正常な場合では、朝目が醒める瞬間(とき)というのは切り替え時期ではない筈です。
だから、夢物語を朝目が醒めた後も、わたしたちは憶えているのです。
夜寝ている間に起こっている、熟睡から夢、つまりNon−Rem睡眠からRem睡眠への切り替えが、一日のON/OFFであったのです。
しかし、わたしたちは、そのON/OFFをまったく認識しないでいる。
それこそ「夢の中の眠り」であるのです。