Chapter 412 ふたつの目盛り

知るということは、自己の無知さ加減を認識するものさしであります。
竹でつくられた昔のものさしには、メートル法と尺貫法の両方が明記されていました。
自己の無知さ加減を認識するものさしも、二種類の目盛りが明記されています。
所謂現実目盛りと夢目盛りの二種類です。
所謂現実目盛りは、知れば知る程加算されていく目盛りであるのに対し、夢目盛りは知れば知るほど減算されていく目盛りです。
普段のわたしたちは、所謂現実目盛りだけを基準にして生きていますから、知った分だけ自己の記憶に加算されていくものだと思っています。
一方、夢目盛りでは、知れば知るほど、今まで知ったことつまり記憶が意味のないものであり、夢を忘却することによって記憶の消去が為されていくことを示しているのを、わたしたちは気づいていないのです。
偉大な発見・発明をした人たちの殆どが、夢の中でそのヒントを得たのは、夢目盛りを以って、自己の記憶の無意味な部分を消去したことによって、新しく知ることが出来た結果であるのです。
熱力学第一と第二法則が、ここにも厳然と働いています。
所謂現実目盛りでは、知ることをどんどん蓄積することはエントロピーが増加していることを教えていないのです。
つまり第二法則が働く目盛りになっていないで、第一法則のエネルギー保存の法則だけが働いているために、記憶の蓄積総量が一定であるだけで、時間と共にエントロピーが増加し続けていることは教えていないのです。
新しく知ることを記憶するには、古い記憶を捨てなければできないのです。
夢の世界は、新しく知ることの宝庫であるのですが、逆に言えば、古い記憶の焼却場でもあるのです。
新しい知識を、血となり肉とするためには、所謂現実物語だけではできないのです。
所謂現実物語の世界で得た新しい知識を、夢物語にまで運んで行き、そこにある夢目盛りで古い知識と相殺する作業をしてはじめて、血となり肉となった使用可能なエネルギーになるわけです。
知識が知識のままでなくて、見識になるには、夢の中で知識を観ることが必要なのです。
そして、夢の中で観る見識を更に使用可のエネルギーと使用不可のエントロピーを区分けした結果、使用可のエネルギーを蓄積したものが、見識から胆識になるのです。
わたしたちは、普段の人生を、部分知で生きていることに気づいていません。
それを気づかせてくれるのが夢の世界です。