Chapter 417 内外に潜む吝嗇

革命には、暴力や流血が付きものです。
しかも、組織的よりも個別的な暴力がものを言う。
古来、如何に強大な組織を誇った国家であっても、最後に滅亡した原因は内部の腐敗・退廃がきっかけの革命に因るものでした。
逆に言えば、組織というものは、所詮欲の皮の突っ張った人間がつくり出したものですから、行きつく所まで行くと必ず腐敗・退廃するもので、その反動として革命が起こるようになっている、やはり自然の摂理の作用と言えるわけです。
第二次世界大戦後、圧倒的な軍事力で世界を圧倒してきたアメリカでさえ、ベトナム戦争ではベトコンゲリラに最後には敗けてしまい、挙げ句の果てに、戦争による殺人行為は兵士にトラウマを残さないのが本質であるのに、ベトナム戦争ではアメリカ人兵士に強烈なトラウマを残してしまった。
組織は個人に最後には必ず敗れる。
これが人間社会の真理です。
何故なら個人の場合にはせいぜい怠惰までだが、組織の場合には腐敗・退廃が起こるからです。
個人の場合に、腐敗・退廃が起こるのは、人間ではなくなった場合で、麻薬中毒患者などは、まさに廃人になった結果、怠惰を通り越して、腐敗・退廃するわけで、組織のみならず、個人でも腐敗・退廃が起こると、その反動で、肉体の自然治癒力と同じ作用で、革命が起こるのです。
そして組織自体に革命が起こり難くなると、自然治癒力は個人個人に向けての革命作用を発揮するようになります。
20世紀までが、戦争と革命の組織に対する自然作用が働いた時代であったとするなら、21世紀は個人に対する自然作用が働く時代であると言えるでしょう。
21世紀の世界は否応なしに、ひとつの世界へと移って行きます。
もちろん、それに対抗する民族主義の台頭といった流れも一時的には起こるでしょうが、結局のところは、ひとつの世界へ収束して行く。
組織が組織力を発揮して個人を陵駕するのは、ライバルや敵が存在するからです。
世界がひとつになって、外にライバルや敵がいなくなると、内にライバルや敵が出現してきます。
ここにも二元論が厳然と働いているのです。
現代世界は、二元論の極みに達しているようです。
拝金主義化は、二元論の極みにおける兆候と捉えていいでしょう。
中世社会から近代社会へ移行して500年が経過しようとしています。
組織のパラダイム変化が起こる節目に来ている。
外に目を向けることには、もう限界が来ているのです。
内に目を向ける時代に、入って来ているのです。
世界がグローバル化していけば、組織社会から個人社会へと必ずパラダイム変化します。
世界がひとつになれば、個人と個人を繋ぐ糸、つまり組織の概念は、もはや必要ではなくなるのです。
国家、政府、企業、グループといった組織は、21世紀では無用の長物になり、個人の能力にすべての問題が帰結する時代に否応なしになるでしょう。
そして個人の人生観にも革命がやって来るのです。
革命は暴力と流血が付きものだと冒頭で申しました。
できれば暴力沙汰にせず、血を流したくないのが人情です。
しかし、それが人間の性であるなら、自分の内を、暴力で以って血を流すことも吝かでは無しとする覚悟が要るのです。
外に対する吝嗇を追放する時代から、内に対する吝嗇を打破する時代がいよいよやって来たのです。