Chapter 440 充実した人生を送る

高齢化社会がどんどん進んで行く中で、多くの人間が老人になって行く。
右を見ても、左を見ても、前を見ても、うしろを振り返って見ても、老人だらけの世の中になって行く。
こんな姿が現実になりつつあるのです。
戦後間もなく生まれた年代、いわゆるベビーブーマーと言われる団塊の世代が、あと4、5年で老人の域に突入する。
そうすると、一気にそんな様相の世の中になって行くのであります。
そんな団塊の世代が、単に数が多いという理由だけで、世間から冷たく扱われています。
大企業の無能経営者たちは、リストラの対象を団塊の世代に照準を当て、大量の人員削減の餌食にしていると言っても過言ではありません。
そんな団塊の世代のサラリーマン諸氏の表情は実に暗くて、悲惨ささえ感じます。
今年に入って、バブル破裂後の日本経済を襲った大不況からやっと抜け出して、景気回復が着実にやって来たと報じる新聞やテレビ。
それらに呼応するように、大企業の好業績が喧伝され、失業率も低下してきて、不良債権の完全解消も間もなく達成されると声高らかに叫ぶ政府や行政。
『果たしてそうだろうか?』
日本の戦後高度経済成長を支えてきた団塊の世代が、悲惨さを漂わせ、暗い表情で、街中を黒い鞄を重そうに抱えながら歩く姿を目にして、疑問に思うのは、わたくしだけでしょうか。
デジタルカメラと薄型テレビの好調な販売が、景気回復の原動力となっているとマスコミは報道します。
500兆円を超える国民総生産を誇る日本が、デジタルカメラと薄型テレビの販売好調だけで、3%もの経済成長率を達成させる原動力になり得るのでしょうか。
日本の製造業のGDPに占める割合は、20%程度である筈です。
80%は第3次産業つまりサービス業で占められています。
団塊の世代を犠牲にしてのリストラで一時的な業績回復を果たしただけのように思えてなりません。
その結果、日本経済の中枢にいる彼らの自信を奪い盗った大企業の無能経営者の罪は計り知れない程大きいのではないでしょうか。
日本の経済を支えているのは、大企業ではなくて中堅企業だと、 P.F・ドラッカー氏もその著「明日を支配するもの」の中で言っています。
景気回復の指標を、大企業の業績回復や雇用増大を基にしているのなら、日本丸の舵取りは大きく間違った方向に切られる恐れがある。
日本という国が、大きな分岐点に差し掛かった時は、世界が大きな分岐点に差し掛かった時であることは、歴史が物語っています。
西尾幹二著「国民の歴史」でも言われています。
日本という国は、地球の臍の部分に当たり、地球は楕円であるから、中心がふたつあり、その中のひとつが日本列島という位置にあると、拙著「神の自叙伝」で書きました。
もうひとつの臍の部分が、西アジア特にイェルサレムにあるとも書きました。
この臍の部分に、汚い垢のゴマがいっぱい溜まっていて、人類はそれをほじくり返そうとしているようです。
いずれ、腹痛が起こるように思えてなりません。
団塊の世代を見直すべき時がやって来ている。
あと4、5年で、悲惨ささえ漂わせて、街中を黒い鞄を重そうに抱えて歩く彼らの姿が、よろよろした老人になるかも知れない。
何としても避けなければなりません。
ひとりひとりが充実した人生を送ることができる世の中にすることが基本であることは言うまでもありません。