Chapter 441 充実した人生の根本

充実した人生とは、どのようなものでしょうか。
拝金主義の極みに達している現代社会では、お金がすべてと思っている老若男女で溢れています。
昔の子供は、大人から10円玉と5円玉のどちらかをあげると言われて、5円玉には丸い穴が開いていて珍しいから、みんな5円玉を選び、100円玉と1000円札のどちらを選ぶと言われたら、紙切れでできている1000円札よりも、100円玉を選んだものです。
貨幣のルーツが希少価値のある貝にあった点に、その根拠があったことを見逃してはなりません。
財産や貨幣、宝(寶)と言った字に「貝」が挿入されている所以であります。
ところが現代の子供たちは、穴の開いた5円玉よりも10円玉、立派な500円玉よりも紙切れの1000円札を当然のように選びます。
つまり、自然のルールに則している希少性の価値より、人間同士の間で決められたルールに則した価値の方を認めておるわけです。
赤ちゃんは、生まれた直後に産声を発しますが、それは胎内では息をする必要がなかったのに、産み落とされますと自分の力で息をしなければならないことを知っていて、「オギャ!」と産声をあげて、初息をすることを誰にも教わらなくてできるし、母親の乳首を吸うことも、誰にも教えを受けないのに知っています。
これは自然のルールだからです。
ところが人間が決めたルールは知らないから、誰かが教えなければならない。
1000円札の紙切れに価値があるのを決めたのは自然ではなくて、人間です。
1000円札を選ぶ子供に、人間のルールを誰かが教えたからに外なりません。
だから、子供は本来疲れを知らないものであるのに、現代社会の子供はすぐに疲れ、根をあげる始末です。
無垢とは、その字の如く、垢(あか)の無い状態を言い、子供の代名詞であったのに、今では無垢な子供を見つけるのが困難な時代になったようであります。
その結果、ロボットのようなマニュアル人間が粗製濫造され、道を譲らない、信号を平気で無視する、大人に対して畏敬の念を持たない本当の悪餓鬼が溢れている様相です。
結局の処、拝金主義思想に塗れた親の悪躾がその原因であります。
このような風潮が、あと数年続けば、マニュアル化されたロボット悪餓鬼どもが大人になる社会になってしまいます。
少子化問題と高齢化問題にマニュアル化人間問題が相俟って、まさしく地獄社会が待ち受けているように思えてなりません。
マニュアル化とは、没個性ということであります。
一見個性化社会のように見える現代社会でありますが、実は没個性化社会がその実体であります。
何故このような社会になったのか、その原因は脱自然社会にあるのです。
没個性化社会とは、脱自然社会に外なりません。
科学者が脱自然社会の推進役を担ってきたのが20世紀の世界でありました。
詰まる処、拝金主義を増幅させてきたのも、科学者であったわけです。
充実した人生を送るということは、個性ある人生、つまりこの世に生きているのは、自分独りであると自覚した人生を送ることに外なりません。
その時、物質的のみならず精神的借金地獄から逃れることができるのです。
地獄の人生から抜け出そうと考えている人は、お金に塗れ、お金に振り回され、お金によって地獄に落とされるのです。
天国の人生に入ろうと考えている人は、個性的な自分独りだけの価値を見出すことを心掛けた生き方をします。
充実した人生とは、没個性(マニュアル化人間)から脱し、独自の価値観を会得した人の為にあるのです。