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Chapter 446 女と男 女性は、男性よりも悩みがひとつ多いので、それだけ人生における四苦八苦も多くなり、考え方が保守的にならざるを得ないのです。 歳を重ねる毎に醜くなることに対する恐れが原因の悩みであります。 肉体的つまり五感においても、女性は、男性よりも苦しみがひとつ多いので、それだけ人生における四苦八苦も多くなり、感じ方も受け身的にならざるを得ないのです。 子供を産む肉体を維持するための月一回の苦痛と、産む苦痛であります。 そうしますと、人生における四苦八苦は、裏を返せば四楽八楽とも言えることを、わたしたちは気づかなければなりません。 肉体面で考えますと、女性は子供を産む苦痛を与えられている故に、子孫保存本能欲を直接的に享受できるわけであり、セックスの覚醒度−俗語では感度とか、快感度と言われています−も男性より遥かに優れているのであります。 女性のセックスの覚醒度が、男性程度のものであれば、子供を産む苦痛を我慢することなど到底できないでしょう。 自分の子供に対する執着度−勘違いの愛情−が、母親と父親では大きく違うのは当然の帰結であり、大きい苦労に対する報酬の大きさの違いと同じであります。 従って、親の子供に対する想いとは、自己の苦労の裏返しであることを、親として認識することが、子供に対する躾をする際の一番大事な要件です。 子供に対する執着度が、男性より女性の方が大きいのが当たり前の所以です。 逆に言えば、父親が子供に対して執着度が大きいということは、男の能力に欠けていることに外ならないのであり、母親が子供に対して執着度が小さいということは、女の能力に欠けていることに外なりません。 男と女の決定的な違いは、この点にあります。 精神的な面においても、女性は男性よりも、四苦八苦が多い人生を送るようにできている。 冒頭で申しましたように、歳を重ねる毎に醜くなることに対する恐れが原因の悩みであります。 意識の上では、つまり「想い」レベルでも、女性は男性よりも悩みが多いわけですから、悩みの問題意識も男性よりも強いのです。 女性の方が男性よりも、概ね敏感な生きものである所以です。 それだけに、四苦八苦に対する反対給付である四楽八楽も女性の方が多いのは自然の掟に則していると言えるでしょう。 「想い」レベルでの苦痛、つまり悩みに対する振り子の振れ幅が大きいということは、悟りの境地の振れ幅も大きいわけです。 女性が極めて唯物的でありながら、極めて唯心的でもあると言われる所以です。 わたくし流に申しますと、唯物的であり非唯物的でもあるということです。 人生の醍醐味を味わいたいなら、女性に生まれた方がよくて、人生を穏やかに生きたいなら、男性に生まれた方がいいのが、自然の掟であります。 ところが人間社会では、逆の現象になっている。 今その流れが、大きく変わり、自然の掟に収斂して往っているように思えてなりません。 |