Chapter 518 選別作業がはじまっている!

新しい文明は、前の文明を必ず否定するのが法則です。
運動の光と音(喧騒)のこの世界で、時間に流されて生きている限り、二元的運動に支配される、つまり二元論的考え方に縛られる人生を送ることになるからです。
時間と共に流れている、つまり『今、ここ』に生きていると、四次元時空間世界に生きているから二元論的考え方に縛られず、三元論的考え方を持つことができるようになる。
時間に流されていると、つまり昨日や明日に「想い」を馳せて生きていると、三次元空間世界にいるから、二元論的考え方しかできないようになり、振り子の現象のように、一方の端に到達すると必ず反転して、正反対の方向に向かうことになる。
新しい文明は、前の文明を必ず否定する所以であります。
中世社会は古代社会を否定し、近代社会は中世社会を否定してきた。
これからやって来る新しい社会は、近代社会を必ず否定する。
近代社会の核は、産業革命に端を発した最適工業化による資本主義社会であり、その裏社会であった共産主義社会が先に消滅したのですから、これ以上資本主義社会は存続できないのです。
資本主義の申し子であるバブル経済の破綻が、共産主義社会の崩壊と呼応したように1989年の日本で起こったのは、二元論の法則に基づいて起こっただけのことです。
人間社会のパラダイムという振り子は、1989年において既に反転してしまったのです。
1989年からの失われた10年は、まさに振り子の反転現象におけるニュートラルポイント(折り返し点)であったわけで、それが二十世紀末であったのです。
二十一世紀に入って、振り子はいよいよ本格的に反対方向に動き出したのです。
いまわたしたちは、新しいパラダイムが緒に就いた時期に立っていると言っていいでしょう。
拝金主義は資本主義の極致現象ですから、既に新しい社会の時代に突入しているにも拘らず、そのことに気づいていない連中が、最後の足掻きとして起こる現象です。
時代の先が見える者は新しい時代を認識しているのですが、拝金主義の本質である執着性が、その先見性に曇りを掛ける。
結局は時が決着をつけるわけで、夜明け前の暗闇が一番暗い状態が、拝金主義に塗れた時期だと言えるのであります。
旧約聖書で、「ノアの箱船」の話があります。
ノアは神より、“新しい時代がもう間もなくやって来る。前の時代を流し去るために洪水を起こして、前の時代に執着しているものを掃除する”と言われ、ノアは箱船をつくった。
その様子を見た殆どの連中が、“そんな筈がない。お金さえあれば、この世は天国だ!”と言って嘲笑して、ノアのつくった箱船に乗らずに洪水に流されて消滅した。
彼らこそ、拝金主義者の元祖であったのです。
バブル経済は、洪水がやって来る警鐘であったのです。
そしてノアの箱船をつくる猶予を与えられたのが、その後の失われた10年であったのです。
いよいよ本格的な洪水がやって来る時期に既に差し掛かっていると言っていいでしょう。
それでもまだ、“金がすべてだ!”と喚き散らしている連中がいっぱいいる。
しかし、“何かおかしい!?”と感じはじめている人たちも増えている。
まさに新約聖書の最後のくだり「ヨハネの黙示録」で×印のついた人間とそうでない人間の選別作業が始まったように思えてなりません。