Chapter 523 東西文化の日本

「クイズショー」という映画が1994年に上映され話題になったことがあります。
戦後のアメリカでクイズ番組「21」が大ヒットした物語ですが、実はそのクイズがいわゆる「やらせ番組」だった。
監督をしたロバート・レッドフォードは、文学的・教養主義的な文化がテレビによる娯楽主義へと成り下がっていくことに警鐘を鳴らしたのです。
1950年代の話ですが、テレビによる文化の破壊がはじまった。
日本でも、「力道山のプロレス」が日本を席巻しはじめ、「野球は巨人」、「相撲は大鵬」「食べものは卵焼き」というギャグを日本中に広げた「11PM」という番組で日本のお茶の間に女性の裸を晒した。
その時から日本でも、堕落した娯楽番組が伝統的文化に取って替わることになり、その極みが現代日本のテレビ文化であります。
テレビ娯楽文化が伝統文化を破壊するのと呼応するように、日本という社会のよき伝統だった聖職という言葉も死語になっていき、政治家・役人・医者・教育者・宗教者といった戦前には、大衆から尊敬される聖職者たちが、拝金主義の権化である守銭奴に成り下がっていったのです。
堕落し切った現代日本社会を創出したのは、まさに上記の娯楽番組であったと言っても過言ではないでしょう。
日本にはよき伝統文化がたくさんあります。
狂言もそのひとつであります。
若い狂言師が、戦後の大阪で生まれた新喜劇を批判して言っています。
「戦前の浪花の新喜劇や漫才、そして僕たちの狂言には、文化的ユーモアがありますが、最近の新喜劇タレントは、人をこけ下ろすことで笑いを取る、実に不愉快な、井戸端会議的ブラックユーモアです」
戦後の浪花で生まれた井戸端会議的な新喜劇が伝統的浪花文化を破壊し、更に彼らの前衛が東京にも進出して、東京から日本全国に病原菌をばらまいている。
嘗ての漫才師や落語家が、今やお茶の間のスーパースターになっている始末で、漫才や落語は、自己卑下をすることでお笑いを取るものだったのが、今や他人をこけ下ろすことで笑いを取る。
またそんな低劣な笑い−お笑いではなくて笑い−を一般大衆も受け入れている、最悪の循環になっているのが現代日本社会であります。
日本の文化を破壊した、戦後の浪花の新喜劇をこれ以上野放しにしてはいけません。
関西とりわけ大阪の地盤沈下が問題になって久しいですが、原因はやはり自分たちにあったのです。
日本の伝統的文化を破壊した張本人なのですから、自業自得と言われても仕方ありません。
先ず自己反省をして、速やかに病原菌を除去しなければならないのであります。
日本は南北文化ではなくて東西文化の国です。
相撲も東西文化です。
「とざい、とーざい」文化であります。
東と西が張り合っていく文化であります。
東京ひとり勝ちの文化は日本自体を衰退させる、つまりここにも二元論が厳然と働いていることを、もう一度肝に銘ずべきであります。
共産主義が崩壊すれば、資本主義も崩壊するのが二元論の原則であります。
強者のライオンも弱者のシマウマが絶滅したら自らも絶滅するのが、自然の食物連鎖の法則であるのです。