|
Chapter 524 文化の復興 貨幣が誕生したのは、今からおよそ3千年前で、我が国の貨幣単位である「円」も円い「古圓法」という貨幣からの由来であります。 また聖書発祥の地である現在のアラブ地区の殆どで今でも使用されている、「ディナール」という単位が最も古い貨幣単位であります。 物々交換の時代から貨幣を利用した商い行為、つまり経済行為が為されるようになってからまだ3千年も経っていないのです。 以来、貨幣の量で以って富の大小と、わたしたち人間は思ってきました。 当初の貨幣は金や銀といった貴金属−希少価値のある金属−でつくられた、いわゆる正貨(本位貨幣)であったのですが、紀元十一世紀後半にモンゴルで、世界ではじめての不換貨幣いわゆる紙幣が誕生したのです。 紙幣というのは、金や銀といった、そのもの自体に希少性を持った本位貨幣ではないので、どうしても人為的な信用を付与する必要がある。 歴史上最大の帝国を築いたと言われる、フビライ汗の時代のモンゴル大帝国が付与する信用だったから、単なる紙切れが価値あるものに成り変わることが可能であったわけです。 現在の世界にはおよそ200の国家があり、それぞれの紙幣を有していますが、先進国の紙幣−Hard Currencyと言われている−以外は今でも紙切れであり、その国だけでしか通用しない貨幣−Local Currencyと言われている−で、日本の円も戦後の経済成長が為されるまでは、国内だけで通用する単なる紙切れだったのです。 国家の信用に基づく紙切れが、わたしたちが躍起になって追い求める富の正体であるのです。 国家の信用がない国では、富はお金ではなくてモノです。 そこに金本位制度というものが誕生したわけであります。 国家を超えた価値あるものである金と、紙切れを連動させる制度であります。 しかし、現在の世界は金本位制度の下の流通貨幣にはなっていません。 従って、国家の信用の下でのお金であることを忘れてはなりません。 国際的な商活動をしている華僑やインド人は、昔からお金よりも金を大事にする所以であります。 しかし、金本位制度ほど危険極まりないものもありません。 金の量というのは石油の埋蔵量と同じで限られているから、金の大半を所有した者が富を独占することになるからです。 しかし、希少価値のある金や石油といえども、それらがなくても、わたしたちは生きてゆけるのです。 衣食住さえあれば生きてゆけるのです。 ゲゼルシャフト(利益社会)とは、富がお金に依る社会と言っていいでしょう。 ゲマインシャフト(共同社会)とは、富がモノ(衣食住に関わる)に依る社会と言っていいでしょう。 ゲゼルシャフト(利益社会)が、如何にその体質が脆弱であるかの所以がここにあります。 モノづくりは、モノつまり立体物を時間を掛けてつくる生産行為であります。 お金づくりは、モノづくりをする行為ではなくてモノを手段にする商行為であります。 生産行為が商行為になっているのが現代社会であり、その極致にあるのが拝金主義社会です。 新しい社会は、経済行為のない社会、つまり商行為のない社会、つまりお金づくり中心ではない、モノづくり中心の社会になるでしょう。 そのためには、モノとモノの交換手段にお金を使わない方法を構築しなければなりません。 そして、モノの真の価値を判断できる能力を、わたしたちひとりひとりが先ず持たなければなりません。 現代拝金社会は、すべてのモノの価値をお金でしか判断できない社会であり、文化人とはモノそのものの価値がわかる人間のことです。 新しい時代とは、まさに文化の復興であります。 |