Chapter 526 『好いとこ取りはできない!』

善悪の概念が罪の概念を生み、罪の概念が罰の概念を生み、罰の概念が罰する者つまり支配者の概念を生み、罰せられる者つまり非支配者である奴隷の概念を生んだ人間社会でした。
人間が人間を罰するのはおこがましいから神の概念をつくり、人間の代わりに神に人間を罰せさせた。
しかし人間が人間を罰することには変わりはない。
それが戦争の原因であります。
軍隊は自国を他国の侵略から防衛するためのものだと言いながら、聖戦と言って、神の名の下に相手の国に攻め入って殺しをする。
しかし人間が人間を罰することには変わりはない。
それは善悪の概念が、人間だけにあるからです。
「他人を地獄」だと思うのは、自他の意見の相克から発する思いであるのですが、それも相手が悪で、自分が善だと思い込むことが原因であります。
善悪の判断が、人間同士の相克や軋轢を生む。
自分が善で、他人が悪。
自分が悪で、他人が善。
どちらの考えでも本質は同じです。
二元論の考え方です。
自分と他人との区分けがあるからです。
善が悪であり、悪が善である、従って善も悪もない。
三元論の考え方です。
自他の区分けがなければ一元論的発想になる。
自他の区分けがあるから二元論的発想になる。
自他が同じになると三元論的発想になる。
善を知り、悪も知る結果、善も悪も同じことを知る。
富を知り、貧も知る結果、富も貧も同じことを知る。
幸福を知り、不幸も知る結果、幸福も不幸も同じことを知る。
天国を知り、地獄も知る結果、天国も地獄も同じことを知る。
そして、
神を知り、悪魔も知る結果、神も悪魔も同じことを知る。
従って、三元論的考え方になるためには、二元論的考え方を経験しなければなれない、しかしそれは飽くまで通過点であって、最終的には超えなければならないことを、わたしたちは肝に銘ずるべきであります。
ところが残念ながら、わたしたちは善や富や幸福や天国や神を恋焦がれるが、悪や貧や不幸や地獄や悪魔を忌み嫌っている。
恋焦がれると、その後には必ず忌み嫌うようになる、それが二元論的考え方であることを知るべきであります。
善を得たら悪も必ず得る。
富を得たら貧も必ず得る。
幸福を得たら不幸も必ず得る。
天国を得たら地獄も必ず得る。
神を得たら悪魔も必ず得る。
好いとこ取りはできないのです。
この二元論的考え方の本質を理解すれば、自然に三元論的考え方を理解できるようになります。
『今、ここ』から、考えを改めることです。
善を得たら悪も必ず得る。
富を得たら貧も必ず得る。
幸福を得たら不幸も必ず得る。
天国を得たら地獄も必ず得る。
神を得たら悪魔も必ず得る。
『好いとこ取りはできない』が三元論考え方へのキーワードです。