Chapter 528 デジタル時代は二元論の極致

現代情報社会はデジタル時代と言われ、その代表がコンピュータであります。
デジタル(Digital)とは、連続的つまりアナログ(Analogue)的な量を、段階的に区切って数字で表示することを意味しています。
ところが世の中の現象は、すべて数字的に表現できるとは限らないわけで、寧ろ数字的に表現不可能な現象の方が圧倒的に多いのです。
それを数字ですべてを表現しようとする方法がデジタル方式であり、デジタル方式でないと機能しないのがコンピュータなのです。
テレビのデジタル放送が巷で話題になっていますが、これは何を意味するかと申しますと、一般には画像が鮮明になるなどと喧伝されているようですが、実はテレビがコンピュータになるという意味に外ならないのです。
デジタル放送時代になると、パソコンは世の中から消えてゆき、パソコンがテレビになるのではなくて、テレビがパソコンの役目もする時代になるのです。
テレビの普及率は今や数百パーセントつまり一家に一台どころか、個人の部屋に一台ずつのテレビがある時代です。
パソコン普及が急激に拡大しているとはいえ、テレビの普及率には遠く及ばない。
更に先進世界で蔓延している高齢化の波が少子化とも相俟って、圧倒的なお年寄りの数の時代になっていくと、複雑なキーボードを操作するパソコンの普及率は減少することはあっても増加することは到底見込めない。
そこで考えられたのがテレビをデジタル放送にすることで、テレビのパソコン化を図ろうとしているのです。
それでは一体誰が一体何故に、それほどまでにコンピュータの普及をしたいのでしょうか。
コンピュータが誕生したとき、電子計算機と呼ばれていました。
つまり電子で計算するから電子計算機であるわけです。
電子を数字で表現することで、人間が使う言葉を数字表現しようとしたわけです。
電池でもプラス極とマイナス極があるように、電子は電流となってプラスとマイナスの二極の間を流れる。
電子を数字で表現するということは、プラスとマイナスを数字に変換して表現することに外ならないのです。
つまり0と1で表現するわけです。
わたしたちは、0から9までの数字を使う10進数が当たり前のように思っていますが、0と1しか使わない二進数、0から7までしか使わない八進数、12ペンスが1シリングといったイギリスの旧貨幣単位に使用されていた十二進数、16オンスが1ポンドという香水や肉の重さに使われている十六進数、更に、0から9及びアルファベッドのAからFまでを使用した十六進数といろいろな数方式があります。
その中でコンピュータに使用されているのが、0と1だけを使った二進数です。
平たく言えば、コンピュータとは、0か1つまりYesかNoですべてを表現しようとするわけで、二元論的考え方の極致だと言っても過言ではありません。
デジタル放送でテレビにまでパソコンを導入する目的は、現代人を二元論的考え方の極致にまで引き摺り込むのが狙いだと言ってもいいでしょう。
高度情報化社会とは、二元論的考え方の極致つまり拝金主義にとことん塗れた社会に外なりません。
情報を利用しているつもりが、情報に利用されているのが、ロボット的マニュアル人間です。
やはり一般大衆の奴隷化がますます進んでいると言わざるを得ません。