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Chapter 533 現実とは 朝目が醒めてから、夜眠りに就くまで、わたしたちは現実の世界に生きていると思っています。 逆に言えば、夜眠っている間は現実の世界だとは思っていないから、目が醒めたら現実の世界に戻ったと思うわけです。 熟睡している間は、自己の意識すらもないように思える。 夢を観ている間は、目が醒めている現実とはおよそ掛け離れた世界が展開している。 それでは現実とは一体何でしょうか。 「現」とは「現在」の「現」であり、時のある位置を示している。つまり過去でもなく未来でもない時という意味であります。 「実」とは「実在」の「実」であり、虚実の「実」を示している。つまり虚像ではない実像という意味であります。 「現」も「実」も「在」が伴っており、「在」とはBeingという一つの即ち唯一の状態を示している。 従って、「現」とは「今」であり、「実」とは「ここ」であり、「現実」とは、『今、ここ』に外ならないのであります。 それでは、朝目が醒めてから、夜眠りに就くまでの間を現実の世界だと思っているわたしたちは、『今、ここ』に生きているでしょうか。 厳密に言えば、『今、ここ』に生きているのですが、『今、ここ』に生きていないのです。 現実に『今、ここ』を生きているのですが、五感と「想い」で以って生じる自他の区分けの世界は現実ではなく、過去の虚像の中で生きている−現実には生きていない−わけですから、それは現実とは言えない、つまり所謂現実と主張する所以であります。 『今、ここ』にいる自分が認識している世界を現実の世界だと思っているわたしたち。 自分が認識するということは、五感と「想い」で以って認識しているということであります。 五感と「想い」が自他の区分けをしている所以です。 自他の区分けがない世界とは全体の世界であり、『今、ここ』という窓から鳥瞰できる世界であり、最早、『今、ここ』では自分という意識はありません。 自他の区分けがある中で、つまり五感と「想い」が働いている世界の中で、目が醒めている間を現実だと思っているわたしたちですが、それでは五感や「想い」で認識している世界は、『今、ここ』という現実の世界でありましょうか。 Chapter509「『今、ここ』は万能薬」でお話しましたように、五感や「想い」で認識する世界は、過去の世界であるのです。 わたしたちが見る月は2秒前の月です。 わたしたちが見る太陽は8分前の太陽です。 わたしたちが見る1光年先にある恒星は1年前の恒星です。 わたしたちが見る三つの星で有名なオリオン座は1200光年先つまり1200年前に発した星の光ですから、弘法大師が仏教を学びに唐の国に行って、見上げた空に現実にあったオリオン座です。 わたしたちの1メートル先の目の前にいる他人は0.000000003秒前の他人です。 『今、ここ』にいる他者など何処にもいないのです。 何故なら、『今、ここ』には、見る自分がいないのですから。 わたしたちは、過去や未来でない世界を現実の世界だと思っている筈です。 それならば、五感や「想い」で認識する世界は、厳密に言えば過去情報に基づくものですから、『今、ここ』という現実ではないのに、わたしたちは現実だと勘違いしている。 過去の出来事を取り戻すことはできないから、悩みようがない。 未来の出来事を引き寄せることはできないから、悩みようがない。 現実に起きたことだから悩む。 一体誰が悩むのでしょうか。 現実に起きている世界は、『今、ここ』という世界ですが、そこでは自他の区分けがない、つまり自分という意識がない。 自分という意識があるのは、虚像の過去や未来であり、そこでは悩みようがない。 自分という意識が認識したものは、すべて過去や未来情報であり、そんなものでは悩みようがないのです。 現実に起きるのは、『今、ここ』であり、そこには自分という意識がないのですから、これも悩みようがない。 一体誰が何処で悩んでいるのでしょうか。 朝目が醒めてから、夜眠りに就くまでを、現実の世界だと思い、悩んでいるわたしたちは、現実の世界を一時でも逃れたいと思って眠りの世界に入るのですが、自分を意識する限り、寝ても醒めても、そこは現実の世界ではない、所謂現実の世界であるのです。 「色即是空」の色の世界であるのです。 「色即是空」の空の世界、つまり現実とは、自分のいない『今、ここ』であります。 |