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Chapter 538 相対運動の法則 部分は運動するが、全体は静止している。 部分と全体についての相対運動の法則であります。 わたしたちは地球上で絶えず運動していますが、地球は静止しています。 それはわたしたちが地球の部分であり、地球が全体であるからです。 しかし太陽系惑星群という全体の中の部分としての地球は、自転もしている、公転もしている。 太陽の部分であるそれぞれの惑星にとっては、全体である太陽は静止していますが、プレアデス星雲(昴座)の部分である太陽は、中心にあるアルシオーネという星のまわりを運動していて、全体であるアルシオーネは静止しています。 部分と全体の相対運動の法則が宇宙全体に働いているのです。 電車に乗ると、動いている電車が止まっているように感じるのは、自分が部分で、電車が全体という相対関係が成立しているからであり、電車が動いていても、自分がその中で動くことができる理由は、自分という部分にとっては、全体である電車は静止しているからです。 この法則は、マクロの世界からミクロの世界まで貫くものです。 人間の五感と肉体の関係も同じで、肉体が全体で五感が部分であるから、五感は絶えず動いているように感じる、また「想い」と意識の関係も同じで、意識が全体で「想い」が部分であるから、「想い」は絶えず動いているように感じるのです。 わたしたちが自他の区分けをできるつまり自己を意識することができるのは、動いている部分の自分があってはじめて可能であるわけです。 動くつまり部分であるから、自己が生じると言ってもいいでしょう。 従って、わたしたちの四苦八苦は、肉体や意識が四苦八苦するのではなく、部分である五感や「想い」が四苦八苦しているだけであって、全体である肉体や意識レベルつまり自己がなくなった状態になれば四苦八苦もなくなるのです。 「滅私」という仏教用語がありますが、まさに全体に溶け込むことで自己をなくすることに外なりません。 悩みや心配ごとをしている時はとにかく考えないようにする、それはまさに動くことを止めて全体に溶け込むことによって自己をなくすることに外なりません。 心臓や他の内臓が四六時中動いているのは、全体である肉体の中に溶け込んでいるからで、電車に乗っている自分が席に座って静止することによって全体である電車に溶け込むことで、電車が勝手に動いてくれるのと同じ理屈です。 意識しないでも息ができているのは、息が全体である肉体に溶け込むことで、心臓と同じように勝手に動いているからであって、息を意識するつまり息という自我意識が生じると、部分である息が動き出し、全体である肉体は静止するつまり死ぬことになる。 生と死の関係は、部分と全体の相対運動の法則であると言っても過言ではありません。 自我意識(エゴイズム)が四苦八苦の原因であると、わたしたちは理解しています。 しかしそのメカニズムを理解しない限り、実際の四苦八苦から解放されることはないのです。 病気になったら先ず原因を見つけることで治療方法がわかるのです。 現代医学は、病気にもなっていないのに−発病していないのに−原因を無理やり検査することでほじくり出し、病気という結果を無理やり出すという、本末転倒のことをやっているのです。 電車の中でバタバタ動きまわることで、せっかく動いている電車が止まってしまうのと同じ現象で、電車が止まれば死ぬのです。 ひとたび電車に乗れば、電車を信じて、席に座ってじっとおとなしくしていていれば、電車は勝手に目的地まで連れて行ってくれるのです。 発病もしていないのに病院に行って検査をすることは、死に急いでいることに外ならないことを理解すべきです。 本来ボランティアー活動であるべき聖職なのに、他人の弱みにつけ込む金儲けに成り下がった医学界であるから、高級車を乗りまわし、豪邸に住むニューリッチな医者が続出する拝金社会になってしまったのです。 |