Chapter 539 正常と異常

部分と全体の問題は、次元という観点で捉えれば、N次元の問題は常に(N−1)次元の世界に原因があると考えればよいわけです。
逆に言えば、N次元の世界で起きる問題は常に(N+1)次元の世界でしか解決できないとも言えるのです。
問題は部分の世界にいることから起こるわけで、全体の中に溶け込めばそんな問題は消滅してしまうのです。
わたしたちの人生を振り返ってみれば、自己という意識つまり自我意識(エゴイズム)があるということは、自他の区分けが生じていることに外ならないわけで、四苦八苦の原因はすべて自我意識(エゴイズム)にあると言っていいでしょう。
“自分が・・・・”という「想い」が四苦八苦を生んでいるわけで、“自分が・・・・”という「想い」がある限り、自分を内包してくれている全体の意識は静止せざるを得ないのです。
肉体も同じことが言えるわけで、“自分の肉体が・・・・”という五感がある限り、自分を内包してくれている肉体は静止せざるを得なくなり、病気という現象が顕れるのです。
四苦八苦の人生感も病気の一種で、五感の病気に対して、「想い」の病気であるのです。
わたしたちが病気と称しているのは、肉体の病気ではなくて、五感の病気であります。
わたしたちが精神的な病と称しているのは、意識の病気ではなくて、「想い」の病気であります。
肉体や意識は、五感や「想い」という部分に対する全体であって、病気と健康を繰り返す二元論的世界のひとつ上の次元である三元論世界にあるものです。
肉体に異常があったら、「普段の運動」をしている肉体そのものに問題があるのではなくて、「普段の運動」を静止させる一次元下の部分である五感が「激しい運動」をすることに原因があるのです。
四苦八苦の悩みがあったら、「普段の運動」をしている意識そのものに問題があるのではなくて、「普段の運動」を静止させる一次元下の部分である「想い」が「激しい運動」をすることに原因があるのです。
五感や「想い」が「激しい運動」をしているかどうかをチェックすることが非常に大切なのですが、ここで勘違いしてはならないのは、五感や「想い」が動くこと自体が「激しい運動」に外ならないということです。
従って、身心に異常を来した場合に肝心なことは、五感や「想い」の動きを止める、つまり異常を感じている五感の視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚や六感の「想い」の働きを止めることであり、それは全体である肉体や意識を動かすことによってできるのです。
自然治癒力の発揮と言うのはまさに、部分から全体の機能復活であると言えるのです。
異常な心臓を治癒させるには、肺の機能も、胃の機能も・・肉体すべての機能が必要なのです。
では、全体である肉体や意識を動かすにはどうしたらいいのか。
『今、ここ』にいることに気づくことです。
『今、ここ』にいることに気づくことが正常であり、『今、ここ』にいることに気づかないのが異常であるのです。