Chapter 542 似非現実主義からの脱却

真の現実主義者とは、『今、ここ』を、つまり自我意識(エゴイズム)のない状態で生きる人であり、似非現実主義者たちのような、過去のことを現実だと錯覚した生き方とはまるで正反対のものであります。
ところが現代社会は、真の現実主義を理想主義だと決めつけ、自分たちの似非現実主義を正当化させ、支配・被支配の二元世界を構築しているのです。
彼ら似非現実主義者たちは、目にするものを筆頭に、五感で感じているものを現実だと捉え、六感である「想い」で感じているものを過去や未来と捉えているのです。
一方、自己のアイデンティティーつまり自他の区分けが、五感や「想い」で為されていることさえ理解していない愚かな一般大衆−現代民主主義社会では国民という名の奴隷になっている−に対して、彼ら似非現実主義者たちは、支配側から特権階級を造っているのが現代社会であり、この世的成功とは特権階級につくことであるのです。
この世的成功者とは似非現実主義者のことであり、似非現実主義者とは微妙な錯覚者であるのに対して、国民という名の奴隷たちは大いなる錯覚者であるだけのことです。
この微妙な違いが発生する原因として賢愚二元論が働いているのです。
現代人間社会では、似非現実主義者のことを賢者とし、国民のことを愚者−一般大衆という言葉には、愚者の意味が含まれている−とした社会です。
民主主義も資本主義も共産主義もすべて、似非現実を現実だと錯覚した考え方がベースになった支配・被支配二元論のイデオロギーだと言っても過言ではありません。
被支配側の奴隷である国民は、民主主義の名の下では、支配側の似非現実主義者を目指すことが可能だという大いなる錯覚を信じ、一億総拝金主義者に成り果ててしまったのです。
支配側も、被支配側も、錯覚の人生を送っていることに変わりはなく、錯覚の程度の差だけで、支配者側と被支配者側に区分けされているだけのことであります。
精神分裂症という病気は、人間すべての病気であり、程度の差しかないことを肝に銘ずべきであります。
精神分裂症患者が大いなる錯覚の国民であり、軽症の精神分裂症状患者が微妙な錯覚の支配階級を構成している、この世的成功者であるのです。
ここの処を押さえて置かないから、被支配側の革命による支配側への改宗が、過去の歴史を彩っていることに気づかず、同じ過ちの歴史を繰り返すことになるのであります。
フランス革命も、ロシア革命も、アメリカの独立戦争も、日本の明治維新も結局の処、似非現実を現実だと捉える微妙な錯覚が為せる業であったのです。
新しい社会は、支配・被支配という二元論的考え方に因る錯覚から覚めた、真の人生を送る三元論的考え方をする個人で構成されたものにならなければなりません。
そのためには、所謂現実−似非現実−を現実だと錯覚している似非現実主義からの脱却を図らなければなりません。
寝ても醒めても夢を観ていることに気づく人生から先ず開始です。