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Chapter 545 中間性(Neutrality) 二元論が自他の区分けつまり自己という個別性(Individuality)が発揮される考え方であるのに対し、四元論は全体性(Totality)が発揮される考え方だと言えるでしょう。 従って、三元論は個別性(Individuality)と全体性(Totality)の中間性(Neutrality)が発揮される考え方であり、時間が四次元要因になっている所以であります。 二元論的考え方が水平的であるのに対し、三元論的考え方が二元論的考え方に対し垂直的であり、四元論的考え方は三元論的考え方に対し更に垂直的である、つまり二元論的考え方に対し正反対であるわけです。 数は、実数と虚数に大きく分けられ、実数が更に自然数と整数に分けられます。 実数と虚数を組み合わせたのを複素数と言い、実数aと実数bに虚数(i)を組み合わせて複素数(a+bi)と表現します。 虚数(i)は二乗したら−1になります。 複素数(a+bi)に、虚数(i)を掛け合わせると、(a+bi)*(i)=(ai-b)になり、更にもう一度虚数(i)を掛け合わせると、(ai-b)*(i)=(-a-bi)=−(a+bi)となり、(a+bi)の正反対になる。 更にもう一度虚数(i)を、−(a+bi)に掛けると、−(a+bi)*(i)=(−ai+b)になり、更にもう一度虚数(i)を掛けると、(−ai+b)*(i)=(a+bi)と元の複素数に戻ります。 これで円回帰運動を表現するのです。 即ち、円とは360度のことですから、虚数(i)を一度掛ける毎に90度づつずれていく、虚数(i)を四回掛けると円は完結して元の始点に戻ります。 これを円回帰運動と言い、わたしたちの宇宙はすべて円回帰運動しているので、複素数で以って宇宙を表現できるのです。 (a+bi)が二元論世界つまり三次元空間世界であり、(ai-b)が三元論世界つまり四次元時空間世界であり、-(a+bi)が四元論世界つまり五次元全体性(Totality)世界であると言えるでしょう。 わたしたち物質(物体)が存在する三次元空間世界がまさに個別性(Individuality)世界であるのに対し、五次元世界は全体性(Totality)世界であって、その間に時が流れる川に掛かっている橋である四次元世界は中間性(Neutrality)世界である故に認識が極めて難しいわけです。 吐く息と吸う息の中間(折り返し点)を認識するのが極めて難しい所以であります。 わたしたちにとって、時間の概念を理解するのが極めて難しい所以でもあります。 『今、ここ』を生きることが極めて難しい所以でもあります。 三次元物質世界に生きていながら、時間という概念を押しつけられて、四次元という、これまた訳のわからない概念に振り回されているわたしたちですから、唯物的考え方とその反対である唯心的考え方に懲り固まってしまうのは当然の帰結であります。 唯物的・唯心的という二元論的考え方である個別性(Individuality)から脱却するには、三元論的考え方である中間性(Neutrality)を通過して、四元論的考え方である全体性(Totality)に行き着くしか方法はありません。 正物質だけの世界に生きているわたしたちは半端な存在であります。 反物質の世界も知ってはじめて全体性(Totality)世界に入れるのです。 一元論的考え方−考え方ではなくて在り方ですが−が三元論的考え方と現象面では全く同じで、正に対する反の状態であるように、四元論的考え方は二元論的考え方と現象面では全く同じで、正に対する反の状態であるのです。 円回帰運動の始点と終点をちょうど180度ずらしたのと同じであり、一次元世界が円の始点を表現しているなら、五次元世界が円の終点つまり円運動が完結したことに外ならないわけであり、虚数(i)を掛け合わせる行為は、水平的発想と垂直的発想を繰り返すことに外ならないのであり、その狭間に中間(Neutrality)の一瞥の世界が横たわっているのです。 |